はじめに 善意が届かないジレンマ

「人生の集大成として、財産を社会のために役立てたい」
こうした想いから遺贈寄付を検討する方が増えています。
日本承継寄付協会の「2024年遺贈寄付実態調査」によれば、70代の83.9%が遺贈寄付を認知しており、関心の高まりは確実に数字に表れています。

しかし、寄付を受け入れる側の公益法人やNPO、大学などの非営利組織からは、意外な声が聞こえてきます。「申し訳ありませんが、この資産はお受けできません」という受入拒否の事例が、実は少なくないのです。
寄付者が「価値ある資産」と信じて差し出す不動産や未公開株式が、なぜ受遺団体から拒絶されるのか。本稿では、遺贈寄付の現場で起きている「受取拒否」の構造的背景を、ガバナンス(組織統治)と受託者責任の観点から解説します。法人の寄付受入担当者、そして遺言書作成に関わる士業の皆様にとって、実務上の判断指針となれば幸いです。
「老老相続」が生み出す資産の不良化
遺贈寄付における受入拒否の背景には、日本社会特有の人口構造問題があります。
被相続人が80代〜90代で亡くなる現代、その相続人である子世代もすでに60代〜70代の高齢者となっているケースが珍しくありません。これがいわゆる「老老相続」です。相続人はすでに自身の生活基盤や住居を確立しているため、実家の不動産や家業の株式を相続することに消極的になります。

「子供に迷惑をかけたくない」「処分に困る資産を寄付という形で社会に役立てたい」という動機は、こうした状況から自然に生まれます。しかし、ここに根本的な問題が潜んでいます。
相続人が忌避する資産は、第三者である公益法人や大学にとっても、同様に──あるいはそれ以上に──扱いが困難な資産であることが多いのです。
換金困難なリゾートマンション、耕作放棄された農地、経営権を持たない少数株式。これらは維持管理コストや税務リスクが顕在化しており、ガバナンスが機能している組織ほど厳格なデューデリジェンス(適正評価)を行い、結果として「拒否」という経営判断を下さざるを得ない状況にあります。
不動産遺贈が「資産」から「リスク」に転化するメカニズム
不動産は遺贈寄付において最もトラブルが頻発し、受取拒否の件数が多い資産クラスです。
土地神話の崩壊と人口減少により、多くの不動産が「富を生む資産」から「コストを生む負債」へと変質しています。

経済的リスク:キャッシュフローを蝕む保有コスト
非営利組織が不動産を受け入れる際、最初のハードルとなるのがキャッシュフローの悪化です。不動産は保有しているだけで以下のようなランニングコストが発生します。

固定資産税・都市計画税については、多くのNPOや公益法人が収益事業を行わない範囲で法人税等の優遇を受けていますが、不動産の保有にかかる固定資産税は、その不動産が直接的に公益事業(保育所、介護施設等)の用に供されない限り、原則として課税されます。売却目的で一時保有する場合も課税対象となるため、売却が長期化すれば団体の持ち出しとなります。
管理費・修繕積立金については、特に区分所有マンション(リゾートマンション含む)では、空室であっても月額数万円の支払義務が生じます。滞納があれば、特定承継人である受遺団体が支払義務を承継することになります(区分所有法)。
解体・撤去費用については、古家付き土地の場合、建物が老朽化していれば倒壊による第三者への損害賠償リスク(工作物責任)があります。更地にして売却しようとすれば、数百万円規模の解体費用が先行投資として必要となり、売却益で回収できる保証はありません。
国境なき医師団などの国際NGOは、ウェブサイト上で「換価が困難または換価手続きの長期化が想定されるため、辞退させていただいています」と明記しており、山林、農地、地方のリゾートマンション、海外の不動産を受入拒否の対象として挙げています。これは、換価までに1年以上かかる不動産を保有し続ける体力が、即応性を求められる人道支援団体にはないという合理的な判断によるものです。
法的・権利関係リスク:解決困難な「瑕疵」
不動産の価値は、物理的な土地建物そのものだけでなく、付着する権利関係の清潔さに依存します。受遺団体が最も恐れるのは、権利関係の紛争に巻き込まれることです。
共有持分の問題として、不動産が複数人の共有名義となっている場合、その「持分」のみの寄付は原則として拒否されます。民法上、共有物の変更(売却や大規模修繕)には共有者全員の同意が必要であり、管理行為にも持分の過半数の同意が必要となります。受遺団体が共有者の一人となっても、他の共有者(親族等)と意見が対立すれば、その不動産は塩漬けとなってしまいます。
境界未確定の問題として、土地を売却するには、原則として隣接するすべての土地所有者との間で境界確認書を取り交わし、確定測量を行う必要があります。隣地所有者が行方不明であったり、境界線について争いがある場合、売却は事実上不可能となります。
農地法の制約として、農地(田、畑)の遺贈は、法的な規制により物理的に受入が不可能なケースが多くあります。農地法第3条により、農地の権利移動には農業委員会の許可が必要であり、その許可基準には「受入側が農作業に常時従事すること」などが含まれます。農業を主たる事業としない公益法人や大学がこの要件を満たすことは極めて困難です。
自治体への寄付という選択肢の限界
「寄付先が見つからないなら、自治体に寄付すればよい」と考える方は多いのですが、実は自治体こそが最も受入審査が厳しい主体です。

地方自治法および各自治体の公有財産規則に基づき、自治体は「行政目的のない財産」の取得を制限されています。
自治体は不動産の受入に際して厳格な費用対効果分析を行います。その不動産を維持管理するコスト(税金の投入)を上回るだけの市民全体の利益が見込めるかどうか。また、自治体が所有者となれば当該不動産からの固定資産税収入が消滅するため、管理費増と税収減の「ダブルパンチ」となる寄付は財政規律の観点から拒否されます。
寄付の申し出があると、管財課は庁内の全課に対して「利用要望」を照会し、どの課からも手が挙がらない場合、受入拒否が決定されます。「自治体に断られるケースの方が多い」という実情には、こうした背景があります。
未公開株式(非上場株式)の罠
未公開株式の遺贈寄付は、不動産以上に高度な専門知識と慎重な判断が要求される領域です。創業者が「自分の会社の一部を社会に還元したい」と願う一方で、受遺団体にとっては「評価額が不明瞭」「換金不能」「税務リスク大」という三重苦を抱えた資産となり得ます。

みなし譲渡所得税という最大の障壁
個人が法人(公益法人等)に対して株式等の資産を寄付した場合、所得税法第59条の規定により、寄付者は「資産を時価で譲渡したもの」とみなされ、その含み益に対して譲渡所得税が課税されます。これが「みなし譲渡所得税」です。
ここに深刻なパラドックスが生じます。寄付者は無償で資産を手放したにもかかわらず、手元に現金が入らないまま巨額の税金を請求される可能性があるのです。

公益社団法人・財団法人、学校法人等への寄付の場合、租税特別措置法40条に基づき国税庁長官の承認を得ればこの課税が免除される制度がありますが、特例承認を受けるための要件は厳格です。特に同族会社株式の場合、「寄付によって同族の支配力が維持されないか」「配当等の利益が公益のために使われるか」等が厳しく審査されます。
評価額を巡る係争リスク
未公開株式の「時価」は一義的に定まらないため、税務当局との見解の相違が訴訟リスクとなります。
東京地裁令和4年2月14日判決では、個人株主から法人への非上場株式譲渡において、納税者が主張した「1株3,000円」という譲渡価額が否認され、税務当局が算出した「1株16,567円」が適正時価と認定されました。
この判例が示す教訓は明確です。
寄付者が「配当還元方式」などで低く見積もった評価額で寄付を申し出たとしても、受遺団体がそれを鵜呑みにすることは危険です。

後日、国税当局から「純資産価額方式」などで高く評価されれば、受遺団体には「受贈益」に対する法人税が、寄付者にはみなし譲渡所得税の追徴が発生します。
経営関与と倫理的リスク
未公開株を保有することは、その会社の株主として経営に関与する権利と責任を持つことを意味します。公益法人や大学が特定企業の株主となることで、その企業からの物品調達や共同研究において公平性が疑われる可能性があります。また、発行会社が将来的にコンプライアンス違反や不祥事を起こした場合、株主である受遺団体のレピュテーションが毀損されるリスクも無視できません。
ガバナンスに基づく受入拒否の実務プロセス
受遺団体が資産の受入を拒否する決定は、個人の恣意的な判断ではなく、組織的なガバナンス・プロセスを経て行われます。

寄付取扱規程の重要性
成熟したファンドレイジング組織は、必ず「寄付取扱規程」を文書化しています。これは、現場の担当者が感情やノルマに流されず、客観的な基準で寄付を選別するための防波堤となります。
規程に含まれる主な要素としては、受入制限資産の明記(換金困難な不動産、未公開株、骨董品、美術品、生物などを列挙)、意思決定機関の明確化(小額であれば事務局長、重要資産であれば理事会決議を要件とする)、費用負担の原則(名義変更、輸送、鑑定にかかる費用は原則として寄付者負担)、倫理的スクリーニング(寄付者やその資金源が反社会的勢力でないこと、公序良俗に反しないことの確認手順)があります。
デューデリジェンス・チェックリストの活用
実務の現場では、詳細なチェックリストを用いて資産のリスク評価が行われます。
流動性については、過去1年間の近隣取引事例があるか、地元の不動産業者が「仲介可能」と判断するかを確認します。法的制限については、再建築不可物件か、土砂災害警戒区域内か、文化財保護法の対象かを確認します。環境リスクについては、土壌汚染の履歴(工場跡地等)、アスベスト使用の有無を確認します。権利関係については、抵当権、根抵当権、仮登記、差押え等の記載、地代の滞納の有無を確認します。
経済合理性の最終判断として、「推定売却価格 >(売却経費 + 未払税金 + 解体費)」という計算式を用います。計算結果がマイナスであれば、原則として受入拒否となります。
解決策としての「清算型遺贈」
不動産や未公開株のリスクを遮断しつつ、寄付者の「遺したい」という意思を実現するための実務的な解決策として、「清算型遺贈(換価型遺贈)」が標準化しつつあります。

清算型遺贈のスキームと優位性
清算型遺贈とは、遺言書において「遺言執行者が対象不動産を売却(換価)し、その代金から諸経費(税金、手数料等)を控除した残金を、指定された団体に寄付する」と定める方法です。

受遺団体にとってのメリットは明確です。不動産の所有権が団体に移転しないため、登記費用や管理責任、固定資産税の納税義務を負いません。売却手続きは遺言執行者が行うため、団体の事務負担がありません。「売却益(現金)」のみを受け取るため、使途の自由度が高くなります。
寄付者にとっても、相続人間で不動産を共有するトラブルを回避でき、借金や葬儀費用なども売却代金から清算できるため、相続人の持ち出しが不要になるというメリットがあります。
あしなが育英会等の大手団体もこの方式を推奨しており、受入拒否される確率を劇的に下げることができます。

遺言執行者の選任と権限の明記
このスキームの成否は、適切な遺言執行者の選任にかかっています。遺言執行者は、不動産会社との媒介契約締結、売買契約、決済、登記、納税、そして寄付の実行までを一手に担います。
司法書士、弁護士、信託銀行などの専門家を指定することが一般的です。親族を執行者にすると、売却価格や時期を巡って他の相続人と対立し、手続きが停滞するリスクがあります。遺言書には、「遺言執行者は、不動産の売却時期、価格、方法について一切の裁量権を有する」旨を明記し、執行を円滑にする必要があります。
必須となる「予備的遺言」の条項
清算型遺贈における最大のリスクは「売れなかった場合」です。何年経っても買い手がつかない場合、遺言執行業務が終了せず、不動産が宙に浮いてしまいます。
これを防ぐために、ガバナンスの効いた遺言書には以下のような条項が盛り込まれます。
「遺言者の死亡後1年以内に、金〇〇万円以上で換価処分できない場合、当該不動産に関する遺贈の効力は失われ、相続人〇〇に相続させる。」
この「予備的遺言」により、受遺団体も遺言執行者も無限の責任から解放され、法的安定性が保たれます。
実務上の留意点
受遺団体の担当者の留意点

寄付取扱規程の整備は急務です。規程がない状態で個別判断を繰り返すと、担当者の負担が増大し、判断の一貫性も失われます。「受入制限資産リスト」と「意思決定フロー」を明文化し、理事会の承認を得ておくことで、丁寧かつ毅然とした対応が可能になります。
また、受入拒否は「冷淡さ」ではなく「誠実さ」の発露であることを、組織内外に説明できるようにしておくことが重要です。リスク資産を無批判に受け入れることは、将来世代に負の遺産を先送りし、既存の支援者に対する背信行為となります。
遺言書作成に関わる士業の留意点

寄付者から不動産や未公開株の遺贈相談を受けた際は、まず受遺団体の受入基準を確認することを習慣化してください。「せっかくの遺言が無効になる」という事態を防ぐため、遺言書作成前の段階で受遺団体との事前協議を促すことが重要です。
清算型遺贈のスキームを積極的に提案し、予備的遺言の条項を必ず盛り込むことで、寄付者・受遺団体・相続人のすべてにとってリスクを軽減する遺言書を作成できます。
おわりに エコシステムの構築に向けて
本稿で明らかにしたように、不動産や未公開株の受取拒否は、受遺団体の組織の持続可能性と社会的責任を守るための「誠実なガバナンス機能」の発露です。
寄付者側には「資産をきれいな形(現金)にして渡す」という配慮が求められ、受遺団体側には「受入基準の透明化」と「丁寧な事前対話」が求められます。
「大相続時代」における社会的資金循環を円滑にするためには、法務・税務の専門家、金融機関、そして非営利組織が連携し、寄付者の「想い」と受遺団体の「実情」を橋渡しするエコシステムの構築が急務です。老老相続によって行き場を失う資産が増加する中で、これらを社会的な共有財産として再生させる取り組みに、私たち一人ひとりが貢献できることを願っています。
監修者Profile

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桑波田直人(くわはた・なおと)
(株)全国非営利法人協会専務取締役・(一財)全国公益支援財団専務理事。 『公益・一般法人』創刊編集長等を経て現職。公益社団法人非営利法人研究学会では常任理事・事務局長として公益認定取得に従事。編著に『非営利用語辞典』、他担当編集書籍多数。

