一般社団法人を運営するなかで、理事の退任をめぐるトラブルは決して珍しくありません。「理事が突然辞任届を置いていってしまった」「職務を怠る理事を解任したいが、後から損害賠償を請求されないか不安だ」といった悩みを抱える実務担当者は多いものです。
こうした場面での判断の拠りどころになるのが、一般社団法人と理事との関係は民法上の委任に関する規定に従う、という一般社団法人及び一般財団法人に関する法律――以下「一般法人法」といいます――第64条の定めです。辞任がいつ効力を生じるのか、解任にどこまで賠償責任が伴うのかといった実務上の論点は、いずれもこの委任という関係から導かれます。
理事と法人の関係は「委任」――ルールの出発点
「委任に関する規定に従う」という条文は一行ですが、ここから理事の辞任・解任に関する実務ルールのほとんどが導かれます。個別の手続に入る前に、この土台を押さえておきましょう。
委任とは何か(一般法人法第64条)
一般社団法人と理事の関係は、雇用契約ではなく「委任契約」です。一般法人法第64条は、法人と役員(理事及び監事)並びに会計監査人との関係について、委任に関する規定に従うと定めています。
ここでいう「委任」とは、民法第643条以下に定められた契約の一種で、当事者の一方(法人)が事務の処理を相手方(理事)に委託し、相手方がこれを承諾することによって成立するものです。理事が法人から報酬を受け取っていたとしても、法人に雇われた労働者として指揮命令を受ける立場ではなく、法人から法人経営という事務を託され、自らの判断と責任で処理する立場に立ちます。
なお、理事が法人の職員(事務局長など)を兼ねている場合は、理事としての委任関係と、職員としての雇用関係が別々に併存します。理事を辞任しても職員としての雇用契約まで当然に終了するわけではなく、逆に職員を退職しても理事の地位は残るため、退任の場面では両者を切り分けて整理する必要があります。
委任から導かれる5つのルール
委任という性質から、次のような具体的な帰結が生じます。
- いつでも辞任・解任できる(民法第651条第1項) 委任は、各当事者がいつでもその解除をすることができる契約です。理事の側から見れば「いつでも辞任できる」、法人の側から見れば「いつでも解任できる」(一般法人法第70条第1項)という、本記事の中心となる2つのルールはここから生じています。信頼関係を基礎とする契約である以上、信頼が失われた状態で関係を続けさせることに意味がない、という考え方です。
- 不利な時期の解除には賠償責任が生じうる(民法第651条第2項) ただし、相手方に不利な時期に解除した場合は、やむを得ない事由があったときを除き、解除した側が相手方に生じた損害を賠償しなければなりません。法人が正当な理由なく理事を解任したときの損害賠償(一般法人法第70条第2項)は、この考え方を役員の解任について具体化したものです。逆に、理事の側が法人にとって著しく不利な時期に一方的に辞任した場合も、辞任そのものは有効ですが、理事が損害賠償責任を負う可能性は残ります。
- 善管注意義務を負う(民法第644条) 受任者である理事は、委任の本旨に従い、善良な管理者の注意をもって職務を処理する義務を負います。「無償の名誉職だから責任は軽い」ということはなく、その地位にある者として通常期待される水準の注意が求められます。後述する権利義務理事が退任後も重い責任を負い続けるのは、この義務が終了していないためです。
- 報告義務・引渡義務がある(民法第645条、第646条) 理事は、法人の請求があればいつでも事務処理の状況を報告し、委任が終了した後は遅滞なくその経過と結果を報告しなければなりません。また、職務上受け取った金銭や書類は法人に引き渡す義務があります。退任する理事が帳簿・印鑑・契約書などの引渡しや引継ぎに応じない場合、これらの義務違反となります。
- 報酬は当然には発生しない(民法第648条第1項) 委任は無償が原則です。理事の報酬は、定款にその額を定めるか、定款に定めがないときは社員総会の決議によって定めます(一般法人法第89条)。不当解任の損害賠償で「残任期間の報酬」が損害額の中心になるのは、支払われるべき報酬額がこうして法人の意思決定として確定しているためです。
このほか、理事が死亡したとき、破産手続開始の決定を受けたとき、後見開始の審判を受けたときは、委任は当然に終了し(民法第653条)、辞任届の提出や解任決議を経ることなく理事の地位を失います。
理事の辞任における実務と効力発生のルール
理事が自ら職を辞する「辞任」は、法人の承諾がなければ成立しないと思われがちですが、法的な性質は異なります。実務で混乱が生じやすい効力発生のタイミングや、辞任届の取扱いについて整理しておきましょう。
辞任は「いつでも可能」な単独行為
前述のとおり、一般法人法第64条により法人と理事の関係には委任の規定が適用されるため、理事は民法第651条第1項に基づきいつでも自由に辞任することができます。辞任は、理事から法人に対する一方的な意思表示によって成立する「単独行為」であり、法人側の承諾は効力の要件ではありません。
そのため、法人の代表理事や事務局が「後任が見つかるまでは辞任を認めない」「辞任届を受理しない」と拒否したとしても、辞任の意思表示が法人に到達した時点で、原則として法的な効力が発生します。
意思表示の「到達」と「受理」の違い
実務上、辞任の効力が発生する日は「辞任届が法人に到達した日」となります。
- 到達(効力発生) 辞任届が代表理事に手渡されたとき、または法人の主たる事務所に郵便等で届き、法人が了知し得る状態になった時点を指します。
- 受理(事務処理) 法人の事務局が書類を確認し、内部的な決裁や手続を行うことを指します。
法的な辞任日は、事務局が「受理」した日ではなく、書類が「到達」した日です。もし法人が嫌がらせや辞任妨害として受け取りを拒否する可能性がある場合は、内容証明郵便(配達証明付き)を利用して法人に送り、到達の事実と日付を客観的に証明できるように備えるのが実務上の防衛策となります。
なお、登記実務では、変更登記の申請書に記載した登記原因の年月日(辞任の日)と、添付する辞任届に記載された辞任の日が一致していれば、辞任届がその日に法人へ到達したものとして取り扱われ、申請は受理されます。到達日を別途証明する書面までは求められませんが、実際の到達日と辞任届の日付が食い違ったまま登記してしまうと、後日、退任日そのものをめぐる争いの火種になります。辞任届の日付は、実際に法人へ届く日と整合させておきましょう。
辞任届の受領権限者
辞任の意思表示は、法人に対して行う必要があります。具体的には、法人を代表する権限を持つ代表理事が受領権限者となります。代表理事以外の一般の理事や、代表権を持たない事務局長などに辞任届を提出した場合、代表理事に転送されて了知し得る状態になるまでは「到達」したとはみなされないリスクがあるため注意が必要です。
提出した辞任届は撤回できるか
一度法人に到達した辞任届は、原則として理事の都合だけで一方的に撤回することはできません。民法上の原則として、意思表示は相手方に到達した瞬間に拘束力を生じるためです。
ただし、辞任届が代表理事に到達する前であれば撤回が可能です。また、到達した後であっても、法人がまだ後任の選任手続や登記手続に着手しておらず、法人と辞任した理事の双方が「辞任をなかったことにする」と合意した場合は、例外的に合意撤回が認められる余地があります。
定数割れを防ぐ「権利義務理事」の仕組み
理事が辞任したり、任期が満了したりしたとしても、すぐに法人との関係が完全に切れるとは限らないケースがあります。それが、法律や定款で定められた理事の人数を下回ってしまう「定数割れ」の事態です。
権利義務理事とは何か(一般法人法第75条第1項)
一般法人法第75条第1項では、任期の満了又は辞任によって退任した理事が、法律又は定款で定めた理事の員数(定数)を欠くことになる場合、新たに選定された理事が就任するまで、なお理事としての権利義務を有すると定めています。この状態にある理事を、実務上「権利義務理事」と呼びます。
例えば、理事会設置一般社団法人では理事が3人以上必要ですが、3人のうち1人が辞任して2人になってしまう場合、辞任した理事は後任が就任するまで、引き続き理事としての役割を求められます。
ここで注意したいのは、この仕組みが適用されるのは条文が定める「任期の満了又は辞任」による退任に限られる点です。理事が死亡した場合や、解任された場合には権利義務理事とはなりません。したがって、解任によって定数割れが生じるときは、法人は理事が不在または員数不足のまま運営を続けることになり、後任選任や仮理事選任を急ぐ必要が生じます。解任のほうが手続としては強力である反面、退任後の穴を埋める安全装置が働かないという点は、解任に踏み切る前に踏まえておくべき実務上の落とし穴です。
権利義務理事が持つ権限と義務の範囲
権利義務理事は、単なる名前だけの存在ではありません。通常の理事とほぼ同等の重い権限と責任を負い続けます。
- 権限の範囲 理事会に出席して議決権を行使することや、法人の業務執行に関する意思決定に加わることができます。代表理事が権利義務者となった場合は、対外的な契約締結などの代表権も維持されます。代表理事の選定方法や変更登記の実務は、一般社団法人の代表理事|選定方法・権限・変更登記の実務で整理しています。
- 負うべき義務と責任 法人に対して善管注意義務(善良な管理者の注意をもって職務を執行する義務)を負い続けます。もしこの期間中に職務を怠り、法人に損害を与えた場合は、損害賠償責任を免れません。
したがって、「辞任届を出したからもう関係ない」と理事会を欠席し続けたり、業務を完全に放置したりすることは、善管注意義務違反として損害賠償責任を問われかねない行為です。善管注意義務違反による任務懈怠責任の具体的な内容や、経営判断の原則、責任限定契約による軽減策は、一般社団法人の理事・監事の責任|任務懈怠責任・損害賠償・責任限定契約で詳しく解説しています。
社員総会による理事の「解任」と損害賠償リスク
法人の運営方針に合わない理事や、職務を怠っている理事をやめさせたい場合、法人は「解任」という手段をとることができます。しかし、解任は強力な手段である反面、法人側に金銭的な賠償リスクが発生する点に注意しなければなりません。
いつでも解任できる原則(一般法人法第70条第1項)
一般法人法第70条第1項により、役員(理事及び監事)は、いつでも社員総会の決議によって解任することができます。定款に「特定の事由がなければ解任できない」といった制限を設けていたとしても、この法律の規定が優先されるため、社員総会の意思によっていつでも解任が可能です。
このうち理事の解任は、原則として通常の社員総会の普通決議(総社員の議決権の過半数を有する社員が出席し、出席した社員の議決権の過半数をもって行う決議、一般法人法第49条第1項)によって行われます。なお監事を解任する場合は、これより重い特別決議が必要になります(一般法人法第49条第2項第2号)。
「特別決議」とは何か(一般法人法第49条第2項)
特別決議とは、法人の根幹に関わる重要事項について、普通決議よりも厳しい賛成要件を課した社員総会の決議です。具体的には、総社員の半数以上であって、総社員の議決権の3分の2以上に当たる多数をもって行う必要があります(定款でこれを上回る割合を定めることは可能です)。
普通決議との違いは2点あります。
- 母数が「出席者」ではなく「総社員」 普通決議は出席した社員の議決権の過半数で足りますが、特別決議は欠席者も含めた総社員の議決権が母数になります。欠席は事実上の反対と同じ効果を持つため、委任状や書面表決の確保が不可欠です。
- 「頭数」と「議決権数」の両方を満たす必要がある 総社員の半数以上という頭数要件と、総社員の議決権の3分の2以上という議決権要件の両方をクリアしなければなりません。1人1議決権が原則の一般社団法人では両者が一致しますが、定款で議決権に差を設けている場合は、議決権の3分の2を確保できていても頭数が半数に届かず否決される、という事態が起こりえます。
特別決議が必要となる主な事項は、社員の除名、監事の解任、役員等の責任の一部免除、定款の変更、事業の全部の譲渡、解散・継続、合併の承認です。理事の解任はこの列挙に含まれていないため、普通決議で足ります。監事の解任だけが特別決議とされているのは、理事の職務執行を監査する立場にある監事が、監査を嫌う理事側の意向で安易に排除されることを防ぐ趣旨です。
「正当な理由」なき解任と損害賠償(一般法人法第70条第2項)
いつでも解任できる一方で、一般法人法第70条第2項には重要な制限があります。解任された者は、その解任について「正当な理由」がある場合を除き、法人に対して解任によって生じた損害の賠償を請求することができます。
これは、任期途中で不当に解任された理事の地位や期待利益を保護するための規定です。
何が「正当な理由」にあたるのか
裁判実務等において、正当な理由があると認められるのは、主に以下のような客観的・合理的な事実がある場合に限られます。
- 法令や定款に違反する重大な行為があったとき
- 職務を著しく怠り、法人に具体的な損害を与えたとき
- 心身の故障により、職務を継続することが著しく困難になったとき
- 客観的に見て、職務執行に必要な能力が著しく欠如していることが明らかなとき
単に「他の理事と意見が合わない」「経営方針が気に入らない」といった主観的な対立や、抽象的な不信感だけでは、正当な理由とは認められない可能性が高いと言えます。
賠償すべき「損害」の範囲
正当な理由がないと判断された場合、法人が賠償しなければならない損害の基本は、もし解任されずに任期を全うしていれば得られたはずの役員報酬です。
具体的には、解任された日から本来の任期が満了する時までの残任期間に対応する役員報酬の全額が、損害額の中心となります。
ここでいう任期の満了時は、就任から2年後の応当日ではない点に注意が必要です。理事の任期は、「選任後2年以内に終了する事業年度のうち最終のものに関する定時社員総会の終結の時まで」とされており(一般法人法第66条)、実際の終期は、その定時社員総会がいつ開催されるかによって決まります。加えて、定款又は社員総会の決議によって任期を短縮することも認められています(同条ただし書)。定款に補欠又は増員の理事の任期を他の在任理事の任期が満了する時までとする定めがあり、そのような理事として選任されていた場合には、任期はさらに短くなります。残任期間を計算するときは、定款の定めと選任時の決議の内容を必ず確認してください。
賞与や退職慰労金については、法人の支給慣行や規程の定めに基づき、確実に支給される見込みがあったと認められる場合に限り、賠償範囲に含まれることがあります。
事実上の解任(強制辞任)のリスク
「解任決議をすると角が立つから、辞任届を書かせよう」と、理事を会議室に閉じ込めたり、強圧的な態度で辞任を迫ったりして無理やり辞任届を提出させる行為は厳禁です。
このような強制的な辞任は、実質的に「解任」と同視されます。後から元理事が「強要された辞任であり、実質的な不当解任だ」として、残存任期の役員報酬に相当する損害賠償を求めて裁判を起こした場合、法人側が敗訴して多額の賠償金を支払う羽目になるリスクがあります。
泥沼化を防ぐための紛争予防実務
理事の退任をめぐって法廷闘争に発展することは、法人にとって金銭的な負担だけでなく、社会的信用やレピュテーション(評判)の著しい低下を招きます。登記簿に「解任」と記載されることを嫌う理事も多いため、穏便かつ確実に退任してもらうための実務対応が求められます。
「合意退任」の活用と退任合意書の締結
最も推奨される解決策は、解任手続を強行するのではなく、話し合いによって「合意退任(合意による委任契約の終了)」に導くことです。
合意退任が成立した場合は、将来の紛争を防ぐために、必ず書面で「退任合意書」を締結します。すでに紛争が起きて争いを収める場面ではなく、これから起こりうる争いを未然に断つための書面ですから、「和解」ではなく退任の条件を確認する合意書として作成します。退任合意書には、主に以下の項目を盛り込みます。
- 退任の合意と退任日 双方が合意のうえで、特定の期日をもって理事を退任する旨。
- 解決金(退職慰労金等)の支払い 残任期間の報酬の一部や慰労金として、一定の金銭を支払うことで合意する場合、その金額と支払期日。
- 清算条項 退任合意書に定めるもののほか、法人と退任理事の間には、債権債務関係(損害賠償請求権など)が一切存在しないことを互いに確認する条項。合意退任では特に重要になります。
- 守秘義務 法人の内部情報や、退任に至る経緯について、第三者に口外しないこと。
- 相互誹謗中傷の禁止 互いの名誉や信用を毀損する言動を行わないこと。
裁判上の解任請求と緊急時の仮処分
社員総会で解任しようとしても、その理事が社員の多数派を握っているなどして解任議案が否決されてしまう場合があります。このように、法人の自浄作用が働かない極端なケースにおいて、少数派の社員を救済するための法的な手段が用意されています。
役員の解任の訴え(一般法人法第284条)
役員の職務執行に関して不正の行為又は法令若しくは定款に違反する重大な事実があったにもかかわらず、その役員を解任する旨の議案が社員総会において否決されたときは、一定の要件を満たす社員は、裁判所に対してその役員の解任を求める訴えを提起することができます(一般法人法第284条)。
提訴できる社員の要件
この訴えを起こすことができるのは、総社員の議決権の10分の1(これを下回る割合を定款で定めた場合は、その割合)以上の議決権を保有する社員です。
提訴の期間制限
解任議案が否決された社員総会の日から「30日以内」に訴えを提起しなければならないという、厳しい期間制限が設けられています。
職務執行停止・職務代行者選任の仮処分
裁判で解任を求める訴え(本案訴訟)を起こしても、判決が確定するまでには数か月から数年という長い時間がかかります。その間、不正を働いている理事が業務を執行し続ければ、法人に回復不能な損害が生じかねません。
そこで、緊急の措置として、裁判所の判決を待たずにその理事の権限を一時的に止める「職務執行停止の仮処分」を申し立てることができます。同時に、業務を滞らせないために「職務代行者」を選任してもらう申立てを行うのが一般的です。
職務代行者の権限制限(一般法人法第80条)
仮処分によって選任された職務代行者は、裁判所の許可を得なければ、法人の「常務に属しない行為」をすることができません(一般法人法第80条第1項)。
- 常務に属する行為 日常的な事務処理や、従来から継続している定常業務。
- 常務に属しない行為 新規の多額の借入れ、重要な資産の処分、主要な職員の新規採用など、法人の経営に重大な影響を与える行為。
もし職務代行者が裁判所の許可を得ずに常務外の行為を行った場合、その行為は原則として無効となります(一般法人法第80条第2項)。
後任が見つからない場合の「仮理事」選任手続
理事が辞任したものの、社員の対立や候補者不足によってどうしても後任の理事を選出できない場合があります。前述の通り、定数割れが生じている間は前任者が「権利義務理事」として責任を負い続けますが、前任者が病気で完全に動けない場合や、死亡した場合などは、法人の意思決定が完全にストップしてしまいます。
このような機能不全を解消するために、裁判所に一時的な役員を選任してもらう制度があります。
仮理事(一時理事)とは何か(一般法人法第75条第2項)
一般法人法第75条第2項に基づき、理事の欠員が生じた場合において、裁判所は、必要があると認めるときは、利害関係人の申立てにより、「一時理事の職務を行うべき者」(実務上「仮理事」と呼ばれます)を選任することができます。
仮理事の権限範囲
前述の「職務代行者」が日常業務(常務)しか行えないのに対し、裁判所に選任された「仮理事」は、原則として通常の理事と全く同じフルスペックの権限を持ちます。したがって、法人の重要な意思決定や、後任理事を選出するための社員総会の招集手続などを進めることが可能です。
申立ての実務プロセスと費用感
仮理事の選任は、法人の主たる事務所の所在地を管轄する地方裁判所に申し立てます。
申立権者
「利害関係人」に限定されます。具体的には、残された他の理事、社員、法人の債権者などが該当します。
必要書類の例
- 一時役員選任申立書
- 法人の登記事項証明書(履歴事項全部証明書)
- 定款の写し
- 理事が欠けたこと、および選任の必要性を証明する資料(辞任届、医師の診断書、死亡診断書、社員総会議事録など)
- 仮理事の候補者に関する資料(履歴書、承諾書など。適任の弁護士や司法書士などを候補者として推薦することが多いです)
申立てにかかる費用
申立てに際して法人が負担する費用には、次のものがあります。
- 申立手数料(収入印紙代) 1件につき1,000円です(民事訴訟費用等に関する法律)。
- 連絡用の郵便切手(予納郵券) 裁判所ごとに必要な金額と内訳が定められています。数千円程度であることが一般的ですが、申立て先の裁判所に確認してください。
- 予納金(裁判所への納付金) 裁判所が選任する仮理事に報酬を与える場合、その原資を確保するため、裁判所の指示により法人があらかじめ予納金を納めることがあります。仮理事の報酬額は裁判所が定めるため(一般法人法第75条第3項)、予納金の額も事案に応じて裁判所が判断します。あらかじめ管轄裁判所に確認しておくとよいでしょう。
- 専門家に依頼する場合の報酬 申立書の作成や手続の代理を弁護士・司法書士に依頼する場合は、別途その報酬が必要です。専門家の報酬は自由化されており、一律の基準や公表された相場はありません。事案の内容によって差が大きいため、依頼を検討する段階で見積りを取ることをおすすめします。
退任後の役員変更登記と「登記懈怠」のリスク
理事が辞任や解任によって退任した場合、その事実を外部に公示するために、法務局で変更登記を申請しなければなりません。
2週間以内の登記申請義務
理事の氏名や代表理事の氏名・住所は登記事項であり、これらに変更が生じたときは、変更の事由が生じた時から「2週間以内」に、主たる事務所の所在地で変更登記を申請しなければなりません(一般法人法第303条)。辞任であれば辞任届が到達した日、解任であれば社員総会で解任決議が行われた日が起算点です。
なお、登記期間を過ぎてからした変更登記の申請であっても、登記そのものの効力に影響はありません。遅れたからといって登記が無効になったり、受け付けてもらえなくなったりするわけではなく、後述する過料の問題として扱われます。
登録免許税の額(一般社団法人は申請1件につき1万円)や必要書類、任期満了・重任との関係といった役員変更登記の一般的な手続の詳細は、一般社団法人の役員変更登記|理事・監事の任期、重任、必要書類を整理で解説しています。
代表理事が辞任する場合の印鑑証明書
代表理事(登記所に印鑑を提出している者)の辞任による登記申請では、辞任届に実印を押印したうえで、その印鑑に係る市区町村長作成の印鑑証明書を添付しなければなりません。ただし、辞任届に登記所へ提出している印鑑(会社実印にあたる登記所届出印)を押印した場合は、印鑑証明書の添付は不要です。
印鑑提出が任意化された現在、登記所に印鑑を提出した者がいない法人では、すべての代表理事の辞任届について、実印の押印と印鑑証明書の添付が必要になります。一方、印鑑を提出していない代表理事が辞任する場合の辞任届については、押印や印鑑証明書を要する旨の規定がないため、記名のみでも差し支えありません。対立含みの退任では、後から辞任届の真正を争われることを防ぐ意味でも、この添付書類を確実に揃えておくことが重要です。
権利義務理事の状態での登記申請
定数割れが生じており、退任した理事が「権利義務理事」となっている期間中は、後任理事が決まるまで退任の登記のみを単独で申請することはできません。この場合、後任の理事が選任されて就任した時点で、前任者の「退任登記」と後任者の「就任登記」を、1件の申請書で同時に行うことになります。
ここで実務上おさえておきたいのが、次の2点です。
- 登記される退任日は、あくまで辞任・任期満了の日 後任者が就任して員数を満たした日ではなく、実際に辞任した日(または任期が満了した日)が退任の日として登記されます。
- 2週間の起算点は「後任理事の就任の日」 退任登記の申請期間は後任者の就任日から起算されるため、後任が決まるまで登記できないこと自体は登記懈怠になりません。
ただし、登記懈怠にならないことと、放置してよいことは別です。法律又は定款で定めた員数を欠いているにもかかわらず後任理事の選任手続を怠った場合には、それ自体が過料の対象となることがあります(一般法人法第342条第13号)。「登記できないから待つしかない」のではなく、速やかに後任を選任する義務があると理解してください。
また、この権利義務承継の仕組みが適用されるのは、任期満了と辞任による退任に限られます。理事が死亡した場合や解任された場合には権利義務理事とはならないため、員数を欠くことになっても原則どおり、死亡・解任から2週間以内に退任の登記を申請しなければなりません。定数割れを理由に登記を待つことはできない点に注意が必要です。
登記を怠った場合(登記懈怠)の過料ペナルティ
変更登記の申請期限である2週間を過ぎて放置することを「登記懈怠(とうきけたい)」と呼びます。
登記懈怠があると、法人ではなく、その行為をした理事(実務上は代表理事)個人に対して、100万円以下の過料(行政上のペナルティであり、前科がつく刑事罰ではありません)が科されることがあります(一般法人法第342条第1号)。
手続の流れとしては、期限を過ぎた登記申請を受けた登記官が管轄の地方裁判所に過料事件を通知し、裁判所が過料の裁判(決定)を行い、その決定書が代表理事個人の住所宛てに送達されます。法人宛てではなく個人宛てに届き、納付も個人の負担となる点が、この制裁の実務上の重さです。
過料の額は、遅延の期間や懈怠に至った事情などを踏まえて裁判所が個別に判断します。金額の算定基準や統計は公表されていないため、「◯か月の遅れなら◯万円」といった相場を前提に判断することはできません。少額で済むこともあれば、長期の放置や繰り返しの懈怠では相応の金額となることもある、と考えておくべきです。
「後任が決まらないから」と放置せず、権利義務理事を交えて速やかに後任選任を進めるか、どうしても決まらない場合は前述の仮理事選任手続をとるなどして、速やかに登記義務を果たすことが重要です。
トラブルを未然に防ぐために
一般社団法人の理事の辞任や解任は、単なる社内手続にとどまらず、委任契約の法理や一般法人法の厳しい規律が適用される法的行為です。
「受理しないから辞めさせない」という対応は通用せず、一方で「気に食わないから解任する」という強硬な姿勢は多額の損害賠償リスクを招きます。定数割れが生じた場合の権利義務理事の責任や、後任不在時の仮理事選任といったセーフティネットの仕組みを正しく理解し、万が一の機能不全に備えておく必要があります。
役員の退任をめぐる対立や、後任選任の進め方について具体的な判断に迷う場合や、法的な合意書の作成が必要な場合は、トラブルが深刻化する前に、全国公益法人協会にご相談ください。法人の状況に応じて、円滑な役員変更の手続と紛争予防の実務をサポートいたします。