理事の一人が代表を務める会社から法人が備品を仕入れる。理事が個人で所有する建物を法人の事務所として借りる。日々の運営では、理事と法人の利害が交差する場面が意外なほど多く生じます。このまま取引を進めてよいのか、判断に迷った経験を持つ実務担当者は少なくないのではないでしょうか。
一般法人法は、理事が自身の利益を優先して法人の利益を損なうことのないよう、こうした取引に事前の承認と事後の報告を求めています。手続きを怠れば取引そのものが無効となり、理事個人が損害賠償責任を負うこともあります。理事が負う競業避止義務と利益相反取引の制限について、承認手続きから議事録の残し方、違反時の責任までを実務目線で整理します。
理事の取引を規制する3つの類型
一般社団法人及び一般財団法人に関する法律(以下「一般法人法」といいます)第84条第1項では、理事が法人の利益を犠牲にして自己または第三者の利益を図る行為を防ぐため、取引を3つの類型に分けて規制しています。
1. 競業取引(第84条第1項第1号)
理事が「自己又は第三者のために一般社団法人の事業の部類に属する取引」を行う場合です。 法人が現に行っている事業や、近い将来に行う予定の事業と競合する取引が対象となります。理事が個人として行う取引だけでなく、理事が代表を務める他の法人(株式会社や他の一般社団法人など)のために行う取引も含まれます。
2. 直接取引(第84条第1項第2号)
理事が「自己又は第三者のために一般社団法人と取引」を行う場合です。 法人と理事個人との間で売買契約や賃貸借契約を結ぶケースが典型例です。また、理事が代表権を持つ他法人と一般社団法人との間で取引を行う場合も、理事が「第三者のために」取引を行うことになるため、直接取引に該当します。
3. 間接取引(第84条第1項第3号)
法人が理事以外の第三者との間で取引を行うものの、その実質において法人と当該理事の利益が相反する場合を指します。 例えば、理事が個人で銀行から融資を受ける際に、一般社団法人がその債務の保証人になる行為や、理事が振り出した手形を法人が引き受ける行為などがこれに該当します。法人と直接取引をするわけではありませんが、結果として法人がリスクを負い、理事個人が利益を得る構図になるため規制されます。
意思決定機関による事前承認の手続き
理事がこれらの規制に該当する取引を行おうとする場合、事前に法人から承認を得る必要があります(一般法人法第84条第1項)。承認を得るための機関は、法人の機関設計(理事会が設置されているかどうか)によって異なります。
理事会を置かない法人の場合(社員総会での承認)
理事会を設置していない一般社団法人の場合、承認決議を行う機関は「社員総会」となります(一般法人法第84条第1項)。 取引を行おうとする理事は、社員総会において当該取引に関する「重要な事実」を開示し、承認を得なければなりません。
理事会設置法人の場合(理事会での承認)
理事会を設置している一般社団法人では、承認を行う機関は理事会となります(一般法人法第92条第1項。同項により、第84条の社員総会を理事会と読み替えます)。 理事会設置法人では、日常の業務執行や意思決定の迅速化を図るため、社員総会ではなく理事会がその役割を担います。
特別利害関係理事の議決権排除
理事会で利益相反取引の承認決議を行う際、当事者である理事は「特別の利害関係を有する理事」に該当します。そのため、その決議において議決権を行使することはできません(一般法人法第95条第2項)。 決議の公正性を保つため、当該理事は採決に加わることができず、定足数の計算からも除外されます。
取引実行後の事後報告実務
理事会設置法人において、理事会の承認を得て競業取引や利益相反取引を行った理事は、取引実行後、速やかにその結果を報告する義務があります。
報告義務の対象と時期
取引を行った理事は、取引をした後、「遅滞なく」、当該取引についての「重要な事実」を理事会に報告しなければなりません(一般法人法第92条第2項)。 これは、事前承認を得た内容と実際の取引内容に乖離がないか、法人に予期せぬ損害が発生していないかを理事が相互に監督するために義務付けられているものです。
報告すべき「重要な事実」の範囲
報告すべき内容には、取引の実行日、実際の取引金額、取引の相手方、契約の具体的な条件などが含まれます。 なお、この事後報告義務は、理事が代表理事であるか平理事であるかを問わず、取引の当事者となった理事全員に課されます。報告を怠った場合、法的な責任を問われるリスクが生じるため、実務上極めて重要なプロセスです。
議事録・稟議書など実務上残すべき記録
利益相反取引や競業取引に関する一連の手続きは、後日の紛争防止や監事監査、税務調査への対応のため、書面で厳格に記録を残しておく必要があります。
社員総会議事録の記載要領
理事会非設置法人で社員総会の承認を得た場合、社員総会議事録を作成します(一般法人法第57条第1項)。 議事録には、開催日時や場所、出席した理事・監事の氏名のほか、議事の経過の要領及びその結果を記載します(一般法人法規則第11条第3項)。理事が開示した重要な事実の内容や、総会で述べられた意見の概要も記録します。
理事会議事録の記載要領
理事会設置法人で承認を得た場合、理事会議事録を作成します(一般法人法第95条第3項)。 理事会の議事録には、以下の事項を必ず記載しなければなりません(一般法人法規則第15条第3項)。
- 決議を要する事項について特別の利害関係を有する理事の氏名(同項第4号)
- 理事会において述べられた意見や発言の内容の概要(同項第5号)
取引を行った理事が事後報告を行った際も、その報告内容の概要を理事会議事録に記録する必要があります。
稟議書や契約書の管理
理事会の決議を経て取引を実行する際は、理事会決議の日付や議事録の参照番号を記載した「稟議書」を起案し、法人の決裁ルートを明確にしておきます。 また、締結した契約書は、取引が適正な承認手続きに基づいて行われたことを証明する証憑として、議事録とともに大切に保管します。社員総会議事録や理事会議事録は、主たる事務所に10年間備え置くことが義務付けられています(一般法人法第57条第2項、第97条第1項)。
承認を欠いた取引の効力
万が一、必要な承認手続きを経ずに理事が利益相反取引を行ってしまった場合、その取引の法的効力はどうなるのでしょうか。
法人と理事との間の効力(原則無効)
承認を欠いた利益相反取引は、法人と当事者である理事との間においては、原則として「無効」となります。 法人は理事に対し、取引の無効を主張して、引き渡した財産の返還などを求めることができます。
第三者に対する対抗要件(相対的無効)
取引の相手方が理事以外の第三者である場合、法人が一律に無効を主張できるとすると、取引の安全が脅かされます。 そのため、判例上、承認を欠いた取引の効力は「相対的無効」と解されています。法人が第三者に対して取引の無効を主張するためには、その第三者が「理事会の承認(または社員総会の承認)を得ていないこと」について悪意(知っていたこと)または有過失であったことを、法人側が立証しなければなりません。
事後的な追認(事後承認)の可否
事前承認を欠いたまま行われた取引であっても、事後に社員総会や理事会において、改めて重要な事実を開示して「追認」の決議を得ることで、取引を遡及的に有効とすることが可能であると解されています。 ただし、これはあくまで例外的な救済措置であり、実務上は事前に承認を得るフローを徹底しなければなりません。
違反時の責任と任務懈怠責任の推定
承認手続きを怠って取引を行ったり、取引によって法人に損害を与えたりした場合、理事は重い法的責任を負うことになります。
任務懈怠責任の推定(一般法人法第111条)
理事が任務を怠り、法人に損害を与えた場合、その理事は法人に対して損害賠償責任を負います(一般法人法第111条第1項)。 特に、利益相反取引によって法人に損害が生じたときは、取引を行った理事、取引をすることを決定した理事、および理事会でその取引に賛成した理事は、その任務を怠ったものと推定されます(一般法人法第111条第3項)。
責任の免除制限
この任務懈怠による賠償責任は、原則として総社員の同意がなければ免除することができません(一般法人法第112条)。 一部の要件を満たす場合、定款の定めや社員総会の決議によって一定の限度額まで免除できる制度もありますが、利益相反取引の当事者となった理事については、自己の責めに帰すべき事由がないことを証明しない限り、責任の一部免除を受けることができないなど、厳しい制限が課されています。
監事設置法人における監事の役割
監事が設置されている一般社団法人では、監事は理事会に出席し(一般法人法第101条第1項)、理事が不正な取引を行っていないかを厳格に監視する役割を担います。
取引の検知と是正
監事は、理事が提出する理事会の議案や稟議書、重要契約書を日常的に閲覧し、利益相反取引や競業取引に該当するものがないかをチェックします。 また、役員就任時や変更時に兼職状況の申告を求めるなど、事前の検知体制を整えることが推奨されます。
理事会での発言と手続きの監視
監事は理事会に出席し、理事が特別利害関係人として適切に議決から排除されているか、事前の事実開示や事後の報告が適正に行われているかを監視します。手続きに不備がある、または法人に著しい損害を与える恐れがあると認めるときは、理事会で意見を述べ、是正を促さなければなりません。
監査報告書への記載
監事は、毎期の監査結果をまとめる「監査報告書」において、理事の職務執行が適法に行われているかを記載します。 もし承認手続きを欠いた取引や、法人に損害を与える不適切な取引が発見された場合は、監査報告書にその旨を指摘事項として明記する必要があります。
まとめ
一般社団法人の理事による利益相反取引や競業取引は、法人の財産や社会的信用を守るため、法律で厳しくコントロールされています。 実務担当者としては、以下の社内フローを徹底することが求められます。
- 取引が「競業」「直接」「間接」のいずれかに該当するかを事前に見極める
- 理事会(または社員総会)で事前に重要な事実を開示し、承認決議を得る(当事者理事は議決から排除する)
- 取引実行後は、遅滞なく理事会に事後報告を行う
- 一連のプロセスを議事録や稟議書として10年間厳重に保管する
手続きに不備があると、取引自体が無効になるだけでなく、理事個人の賠償責任に発展するリスクがあります。判断に迷う取引や、具体的な社内規程の整備方法などについて疑問がある場合は、全国公益法人協会にご相談ください。適切な手続きと書面化を進め、健全な法人運営を維持しましょう。