Ⅰ はじめに
非営利組織の収入財源は、事業収入、会費収入、財産運用収入等の独自収入、政府・地方自治体からの補助金収入、および寄付金収入からなる。企業と比べて収入財源に多様性があることが特徴である。ところが、わが国の非営利組織は、独自収入あるいは補助金収入を主要な財源としているため、諸外国と比較して寄付金収入の依存割合が低い。このため、寄付金に関する具体的な会計処理の指針は設定されていない。したがって、わが国における寄付金の会計処理は、現金主義に基づく取扱いが原則とされている(NPO法人会計基準第13項)。
わが国においても、社会貢献への意識が高まるとともに、情報通信技術の普及により、新しい寄付の方法(日本ファンドレイジング協会 [2013] 14-25 頁)1も開発されてきた。さらに、非営利組織に対する寄付税制も改善されたこともあり、寄付金は事業を運営するための収入財源として無視できないものとなってきている。このように、寄付金を巡る会計処理は、非営利組織のおける会計の重要な課題となってきている。そこで、本稿では非営利組織における現行の実務を行う上で、重要となる寄付金の会計処理を考えてみたい。
Ⅱ 寄付金に対する収益認識原則
非営利組織は、持分が存在しないため、資本取引は成立しない。このため、会計処理において資本取引と損益取引を区別することは不必要である。したがって、非営利組織において、純資産の増加をもたらすものは、その原因の如何を問わず、すべて収益として処理されることになる。
企業会計では、収益は実現主義の原則に従い、商品等の販売又は役務の給付によって実現したものに限り認識される。この場合における収益の実現とは、販売又は役務の提供完了を意味するものである。非営利組織の主要な収益の一つである寄付金については、資源提供者と受益者が異なり、資源提供者に対する販売又は役務の提供がない。したがって、寄付金については、販売又は役務の提供完了を基礎とする実現主義の原則によって、収益を認識することができないことが明らかである。
こうした販売又は役務の提供完了を基礎とする実現主義の原則に替わる収益認識の方法として、イギリスでは、チャリティ団体のための実務勧告書(Accounting and Reporting byCharities: Statement of Recommended Practice 2015)において、①権利を支配し、②発生の可能性2が高く、③ 測定可能である場合には、認識すべきことが規定されている3(Charity Commission [2015a](FRS1024)par.5.8;Charity Commission[2015b](FRSSE5)par.5.9)。
①権利の授与(entitlement)
資源を利用できる権利があること
②発生の可能性(probable)
発生の可能性が高いこと
③測定可能性(measurement)
受領可能な対価の公正価値で測定できること
イギリスの実務勧告書では、収益認識の方法を実現主義に替わるものとして権利授与の有無を要件としている。したがって、寄付金といった反対給付のない資源流入については、提供された資源を自由に利用できる状態になった時点で収益として認識されることになる。以上の判断指針を踏まえ、非営利組織における寄付取引を個別に検討するためのステップを次のように考えていきたい。
Ⅲ 特殊な収益取引
1.現物寄付
2.換金予定の現物寄付
現物寄付には、土地、建物、車両、器具備品といった固定資産のほか、未使用切手、使用済み切手、書き損じハガキ、古本、貴金属、ブランド品といった流通性の高い品物の寄付がある。こうした流通性の高い品物を換金するために、資源提供者である寄付者と非営利組織との間に仲介業者が介在するケースがある。その結果として、資源提供者と換金後の現金提供者が異なることになる。このため、換金の主体が寄付者である場合と非営利組織である場合によって、異なった会計処理を考えなければならない。さらに、仲介業者が介在する場合には、誰が寄付者であるかを確認するために、その取引における当事者を識別して会計処理を行わなければならない。
(1) 取引当事者の識別
寄付者が非営利組織に対して寄付物品を譲渡するため、仲介業者を介在させる場合、仲介業者と非営利組織との間の取引については、寄付取引が生じたかのように見えるが、仲介業者は買取り業務の委託を請けただけで寄付された物品の使途を決定する自由裁量をもたない。このため、仲介業者が寄付者から受領したものは寄付の受領ではない。また非営利組織が受領したものは、仲介業者からの寄付ではない。それは、資源提供者である寄付者からの寄付であり、第三者である非営利組織が寄付を受領したものである7。
こうした取扱いは、寄付者等の資源提供者と非営利組織との間に仲介業者が存在するケースを検討する際に参考になると思われる。
(2) 換金予定の現物寄付(換金の主体が寄付者である場合)
換金の主体が寄付者である場合は、寄付者が寄付物品を売却し、その売却代金を受領することをもって寄付金の原資となるため、現金の寄付と同様の扱いとなる。この関係を明確にするため、寄付物品を受け付ける際に、資源提供者である寄付者と寄付金受領である非営利組織との間で「贈与承諾書8」を交わし、当事者を確認するケースが多くみられる。
換金の主体が寄付者である場合の取引の仕訳を示すと次のとおりである。
【説例1】寄付者から古本を売却した代金1,000 円を現金で受取った。
(借)現金 1,000 (貸)受取寄付金 1,000
(3) 換金予定の現物寄付(換金の主体が非営利組織である場合)
非営利組織においては、寄付された物品を直接利用するのではなく、あらかじめ活動の原資として換金することを目的に現物寄付を募ることもある。こうした物品は、寄付者から現物を受領した後、ネットオークション、バザーなどの換金手段を通じて資金化される。この場合に、非営利組織は、ネットオークション、バザー、金券ショップ、リサイクルショップといった仲介業者に買取りの業務を委託し、売却後にその代金を受取る。
以上の取引を分解すると、①非営利組織が現物の寄付を受ける取引、②非営利組織が現物を換金する取引という2 つに分けることになる。
2 つに分ける取引については、NPO 法人会計基準の事例《Q & A 24-1、24-2》において、以下のように示されている。
【説例2】アパレルメーカーから型落ちした衣料品の寄付を受け、それをバザールで販売している。寄付を受けた衣料品の公正な評価額は、売却予定価額である10 万円である。
①NPO 法人が現物寄付を受領した時点の仕訳
(借)棚卸資産 100,000 (貸)衣料品受贈益 100,000
②NPO 法人が現物をバザーで売却した時点の仕訳
(借)現金 100,000 (貸)バザー売上 100,000
(借)バザー売上原価 100,000 (貸)棚卸資産 100,000
以上の判断指針から、資源の流入、権利の授与及び発生の可能性は満たされるものの寄付された品物の金額を合理的に見積もることが困難な場合には、その金額が確定できる時点まで収益として認識することができない。
前述した【説例2】においては、現物の寄付を受ける取引と現物を換金する取引という2つの取引に分けるため、衣料品受贈益とバザー売上の2つの収益が計上される。
換金予定の現物寄付という同じ経済取引であるにも拘らず、仲介業者の介在の有無により、換金の主体が寄付者である場合と非営利組織である場合とでは、収益の計上方法が異なる結果となり、財務情報利用者に誤解を与える可能性もある。したがって、現物寄付を受領した時点の仕訳としては、受贈益ではなく、預り金として処理し、その後、現物を売却した時点において、金額が確定するため、受取寄付金(または受贈益)として処理すべきことを提案する。
この案で、前述した【説例2】に基づいて仕訳を行うと次のとおりである。
①NPO 法人が現物寄付を受領した時点の仕訳
(借)棚卸資産 100,000 (貸)預り金 100,000
②NPO 法人が現物をバザーで売却した時点の仕訳
(借)現金 100,000 (貸)受取寄付金 100,000
または(衣料品受贈益)
(借)預り金 100,000 (貸)棚卸資産 100,000
また、換金目的が非常に明確な場合は、換金までの期間が短いこと、手数料を差し引いた換金額が明らかであることを条件として、現物の寄付を受ける取引及び現物を換金する取引を一体の取引とみなし、換金時点で収益として認識する方法も考えられる。
この場合の仕訳は、次のとおりである。
(借)現金 100,000 (貸)受取寄付金 100,000
3.遺贈寄付
遺贈とは、遺言による財産の一部または全部を、相続人又は相続人以外の人に無償で譲渡することをいう。そして、遺言によって財産の一部または全部を非営利組織、あるいは国、地方公共団体などに寄付する行為を本稿では遺贈寄付という。わが国においても、非営利組織への遺贈寄付の件数は年々増加している9。
イギリスでは、遺贈寄付のことを遺贈収入(Legacy Income)といい、実務勧告書において、その規準が定められている。イギリスでは、寄付者の遺言書において、当該団体に財産を寄付するという文書を必要とする。この場合、遺贈を収入として認識するには、権利の授与、発生の可能性、および測定の可能性の3 つの条件が満たされたものでなければならない。
次に、イギリスの遺贈収入の取引をステップ別の判断指針で収益の認識を考えてみたい。
アメリカにおいても、遺贈寄付のことを贈与の約定(Conditional Promises to Give)といい、SFAS No.116「受入寄付金と支払寄付金」において、その規準が定められ、条件の有無により、無条件贈与の約定と条件付贈与の約定に区分される。無条件贈与の約定は、現金寄付の認識と同様に、それを受け入れた時点において収益として認識される。例えば、将来現金を贈与するという無条件の約定を受けたときは、収益として認識するとともに、純資産の増加として報告される。さらに、無条件の現金贈与の約定を受けた後に発生する利息は、受贈者の寄付金収入として明らかにされる。
こうした無条件贈与の約定を収益として認識するFASB の見解に対して、その当時、多くの異議が唱えられていた。例えば、SFAS No.116 の議長であるベレスフォード(DennisR. Beresford)は、同基準書において、「資金募集に多く依存している組織は、贈与の約定を収益として認識することにより、現在使用可能でない将来入金可能な超過資金を、財務諸表で表示することになる。その結果、財務諸表の利用者は、その組織が超過資金という余剰資源をもつとみなし、組織に対する判断を誤らせる可能性を与えることになるから、将来入金可能な無条件贈与の約定は、約定期間における収益として認識すべきでない」(FAS116,Appendix A)と述べている。また、FASB が1990 年に公表した同基準書の公開草案に対するコメントでは、財務諸表の利用者を含めて、ほとんどの回答者は贈与の約定を認識すべきではないと提案された(FAS116, par.103)。
しかし、FASB は、贈与の約定を収益として認識することにより、寄付者、債権者、その他の利用者が組織の財政状態、公的な支援を生み出す能力、およびその組織が運営し続ける能力を評価するのに有用な情報であるとした。さらに、贈与の約定についての情報は、寄付者、債権者、およびその他の利用者に組織への資源配分の決定に影響を与える事象であるから、将来支払われるという贈与の約定を資産として認識するとともに、収益として認識することを決定している。
アメリカにおける贈与の約定を、前述したステップ別の判断指針で収益の認識を考えてみると、贈与の約定は将来現金を贈与するという約定であるため、利用可能な資源ではない。このため、純資産の増加をもたらす資源の流入ではなくなる。したがって、この判断指針によると、収益として認識すべきではないことになる。
4.ボランティアによる無償サービス
ボランティア10による無償サービスについて、会計規定を有しているのは、わが国においてはNPO 法人会計基準のみである。NPO法人会計基準では、ボランティアの受入れをした場合、原則として会計上の処理や財務諸表への表示は行わない。ただし、「合理的に算定できる場合11」には、財務諸表の注記だけを記載できるとし、さらに「外部資料等により客観的に把握できる場合12」には、注記に加えて活動計算書への計上も可能としている(NPO 法人会計基準第26 項)。
したがって、ボランティアによる無償サービスの計上については、「活動の原価の算定に必要なボランティアによる役務の提供」及び「金額が合理的に算定できる場合」という2つの条件が満たされることが注記において記載できる条件となる。また、2つの条件を満たしたとしても、注記の記載を強制しているわけではない。
次に、ボランティアによる無償サービスの取引を前述したステップ別の判断指針で収益の認識を考えてみたい。
5.施設等の物的無償提供
施設等の物的無償提供について、会計規定を有しているのは、わが国においてはNPO 法人会計基準のみである。NPO 法人会計基準では、施設等の物的無償提供を受けた場合、原則として会計上の処理や財務諸表への表示は行わない。ただし、「合理的に算定できる場合」には、財務諸表の注記だけを記載できるとし、「外部資料等により客観的に把握できる場合」には、注記に加えて活動計算書への計上も可能としている(NPO 法人会計基準第25 項)。
施設提供等の物的サービスの計上については、「金額が合理的に算定できる」ということが注記において記載できる条件となる。また、「金額が合理的に算定できる」場合においても、注記の記載を強制しているわけではない。
次に、施設等の物的無償提供の取引を前述したステップ別の判断指針で収益の認識を考えてみたい。
Ⅳ 結びにかえて
本稿では、非営利組織における特殊な収益取引の検討を行った。これを検討するにあたっては、イギリスの実務勧告書を参考にして、①資源を利用できる権利(権利の授与)があること、②発生の可能性が高いこと、③受領可能な対価の公正価値で測定できること、の三つの要件が満たされることを条件に収益認識の判断指針とした。
その結果、現物寄付については、受入れの契約が成立した時点において収益として認識し、換金予定の現物寄付については、金額が確定する換金時点において収益として認識すべきことが明らかになった。遺贈寄付については、財産受領の確信を得ることができた時点において収益として認識し、さらに、ボランティアによる無償サービス、施設等の物的無償提供については、条件付で収益として認識すべきことが明らかになった。
インターネットを活用したクラウドファンディングやクリック募金寄付、寄付金付き商品の販売、カードの利用額に応じて付与されるポイントをお金に替えて寄付できるという寄付付きクレジットカード、社会貢献型預金など、個人の問題意識を社会に反映させるための寄付の方法は多様化している。その結果、資源提供者である寄付者と非営利組織との間に仲介業者が介在するケースが多くなった。同一(換金予定の現物寄付)の経済取引であるにも拘らず、仲介業者の介在の有無により、換金の主体が寄付者である場合と非営利組織である場合とでは、収益の計上方法が異なる。それによって、財務情報利用者に誤解を与える可能性もある。このため、非営利組織における寄付取引を考察する際は、取引当事者の識別を行うことが重要な課題となり、今後さらに検討を要する事項である。
①経済的資源の流入等 ②蓋然性 ③測定可能性
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