倫理規程

 経営倫理の実践は、法の精神を遵守し、法の背景にある倫理道徳を尊ぶ経営であるから、コンプライアンス経営でもある。それは法の条文を遵守するにとどまらない。経営倫理を実践することで組織の公正さと社会的使命の誠実さとを世に示し、広く社会から信用をえる必要がある。経営倫理は、社会通念としての倫理観に沿って策定されるが、同時に各組織の倫理観を色濃く反映するという点では、個性的な側面ももつ。通常、経営者は組織の社会的使命や創業の経緯を踏まえて経営理念や社是社訓をつくる。明文化された経営理念は意思決定や事業計画の拠り所となり、経営倫理の基盤になる。経営理念は組織が守るべき倫理観を内包し、これを掲げることで、外に向かっては組織の健全さを示し、内に向かっては経営者の価値観を伝える。経営理念は経営倫理を実践するための布石となる。つぎに、抽象的な経営理念よりもさらに具体的な規範を策定する。それが倫理規程である。組織によっては倫理綱領、倫理規則、倫理規範、行動規範、行動基準、行動憲章、コンプライアンス・マニュアル(compliance manual)、コード・オブ・コンダクト(code of conduct)、クレド(credo)などと呼ぶ。具体的な言葉で記述された倫理規程は、経営者と構成員が道を誤らないための基準であり、判断に迷った際の道標である。その意味で倫理規程は日常業務の手順を記した諸規程の1つではなく、その上位に位置づけられるものである。倫理規程は文章を作文しただけでは意味をなさない。経営者を含む組織の構成員が、倫理規程の価値を理解し、行動に繋げることではじめて意味をなす。組織の誰もが倫理規程に従っているという信頼感を、組織内部に醸成してこそ倫理規程は遵守される。経営者や組織幹部が倫理規程を侮る言動を示せば、倫理規程はたちまち空文化する。文字に起こされない経営倫理は存在しないも同じであるが、実践を伴わない倫理規程は空虚である。空虚な倫理規程は組織的不祥事を引き起こす原因にもなる。倫理規程の実行にかける経営者の覚悟が、組織に高い倫理観を確立し、コンプライアンス経営を可能にする。
(川野祐二)