モラルハザード

 経済学的には、他人の行動を観察(モニタリング)できないときに起きる問題のことをいう。この行動はある意味合理的な行動のため、モラルハザードは道徳観や倫理観の欠如ではない。モラルハザードが生じないようにするためには、他人の行動をモニタリングするなどのシステムが必要である。エージェンシー理論では、代理人(エージェント:agent)と依頼人(プリンシパル:principal)の間に「情報の非対称:information asymmetry」(市場における各取引主体が保有する情報に差があること)が存在する場合、つまり、代理人のみが専門知識と情報を多く有し、依頼人に情報があまりないとき、依頼人は、代理人が依頼人の代わりに行動して、依頼人の目標を遂行すると想定しているが、依頼人が代理人の行動を容易にモニタリングできないため、代理人の隠れた行動(hidden action)によってもたらされる依頼人の不利益がモラルハザードである。その問題に対処する方法を考察するのがエージェンシー理論である。プリンシパル・エージェント関係は、株主・経営者、保険加入者・保険会社、患者・医者などがある。たとえば、医療保険に加入すると、病気やけがをしても加入者負担の一部が医療保険でカバーされることから健康管理の努力を怠るという病気になる前段階の「事前(ex ante)モラルハザード」が生じる。病気やけがをしたときに必要以上の医療サービスを利用することは、病気になった後の「事後(ex post)モラルハザード」である。モラルハザードに対処する方法として、①エージェントを観察するためのモニタリング・システム、②エージェントがプリンシパルの利益と合致するような行動をとるように動機づけるインセンティブ・システム、そして③エージェントが自己規律を働かせ、プリンシパルからの信頼を獲得しようとするボンディング・システムなどがある。モニタリング・システムには、資源を投入するため、それ相応のコストがかかってしまうモニタリングコストの問題がある。インセンティブ・システムには、成果がはっきりと分かる場合には、成果に対して報酬を与えたり罰金を与えたりすることによって、仕事の効率性を保つ大きなインセンティブをつくり出すことができる。しかしながら、不確実性の問題がある。つまり、本人が同じ努力をしているにもかかわらず、周囲の状況によって成果が良くなったり悪くなったりするという問題である。不確実性を排除し、リスク負担とインセンティブ契約をうまくバランスさせたシステムが必要である。ボンディング・システムは、エージェントがプリンシパルからの信頼を獲得するため、情報開示や監査人による監査を受けたり、信頼をえるための資料づくりなどが必要になり、そのためのコストがかかるという問題がある。
(吉田初恵)