メセナ

 ローマ皇帝アウグスツス時代の大臣で文学・美術の擁護者だったマエケナスの名前に由来したフランス語の「mécénat」の外来語で、日本においては特に芸術・文化への支援に特化した意味で使用されるが、もともとは他分野を含めた支援活動一般を指す用語である。京都で昭和63(1988)年に開催された第3回日仏文化サミット「文化と企業」の席上で、フランスでは国の芸術・文化支援だけではなく、民間部門の支援を促進するADMICAL(Association pour le Dévelopment duMécénat Industriel et Commercial;商工業メセナ推進協議会)が存在することが知れわたった。同サミットのパネリストは国内一流企業のトップが集まっていたこともあり、これらの参加企業を中心に、平成2(1990)年に社団法人企業メセナ協議会が設立された。そのことでこの用語が急速に国内に広がった。当時は、バブル時代を背景に、企業の協賛による企業名を頭に付けたコンサート、いわゆる「冠コンサート」が盛んであった。こうした冠コンサートによって国内ではそれまであまり鑑賞することができなかった欧米の芸術を日本で鑑賞できるようになった一方、満員のためにチケットの入手が困難であったのにもかかわらずに、招待客の欠席によって最前席に空席が目立つような事態もたびたび生じていた。そうしたことから一部の芸術家やメディアから、広告宣伝の一環として芸術を企業が利用しているのではないかということが強く批判されることもあった。また、企業による有名絵画の収集も、不純な動機があったともいわれるケースも散見された。
 こうしたことから、メセナという語は、企業宣伝のための芸術支援ではなく、純粋な芸術・文化支援という側面、すなわち「見返りのない寄付」という象徴的意味が強調された独特の規範的含意を有することになった。21世紀初頭には、カタカナ語に対する社会の批判から、国立国語研究所の「外来語」委員会による、『「外来語」言い換え提案』にメセナの用語も俎上にあがったが、上記のような規範的含意があるため、企業メセナ協議会等から強い反対にあい、用語はいい換えられることなく、メセナ、フィランソロピーとして社会貢献の重要用語として使用されている。なお、「見返りのない寄付」については、協賛費(宣伝広告費)と寄付の相違の税務的な相違を説明するなかで、見返りがなければ寄付、あれば宣伝広告費(経費)というフランス側の説明が上記の時代背景のなかで規範的に強調されていったものである。宣伝広告費で拠出すれば「メセナではない」、寄付金ならば「メセナである」というような単純な区分は今では国内でも姿を消している。
(出口正之)