マーケティング

 モノをつくることよりも、あるいは売る方が難しいのではないかという発想の転換は、マーケティング概念の出発点であり、企業経営におけるパラダイム転換である。モノが不足していた時代には「つくればつくるだけ」売れたが、モノがあふれる時代になると商品を宣伝して、積極的に販売攻勢を仕掛けなくては売れなくなった。さらに「売り付ける」だけでも売れなくなって、ついに消費者のニーズやウォンツを探って、その後に欲しているモノやサービスを提供する方向へと転換したのである。つまり消費者に「売り込む」のではなく、消費者や市場の動きを察知して「売れていく」ように仕向ける。これがマーケティングである。プロダクトアウトからマーケットインへといわれるこの発想の転換は、モノやサービスを購入する人たちのことを深く理解しようとする方向に進化を遂げて、マーケティングは「顧客志向のサービス」と評されるようになった。顧客志向のサービスは、そのまま行政と非営利組織にも通じる。「市民や受益者のニーズ」を洞察し、それに適したサービスを提供するのは、優れた経営体としての責務である。企業が「顧客目線」によって自らの経営を省みたように、非営利組織も「市民目線・受益者目線」によってサービスのありようを改善しなくてはならない。ただし、非営利組織のサービスは、顧客が求めることを表層的に理解してそのニーズを満たせば済むという、単純なものではない。企業は「顧客が買ってくれそうなもの」を提供すればよいが、非営利組織は「受益者が真に必要としているもの」を深く考えるからである。それが非営利組織のミッション(社会的使命)である。未成年者の喫煙を止めさせる事業や高齢者に減塩食を普及させる事業を例にすれば分かりやすい。喫煙者本人はタバコを吸いたいし、高齢者は濃い味を食したいのであって、その逆ではない。しかし、当人が望んでいなくても、健康増進という「受益者の真の利益」のために行動を起こすのが非営利組織である。それは余計なお世話でもあるが、それゆえに市民や受益者を納得させるような説得や教育活動が、非営利マーケティングの主要な課題となる。すなわちターゲットの行動変容を目指す「社会変革のマーケティング」であり、社会的使命を基軸にした「ミッション・ベイスド・マーケティング」である。こうした非営利組織のマーケティングは、ソーシャル・マーケティングとも呼称される。また、公益性の高い事業をしている非営利組織ほど、本業から活動資金をえることが難しいのは自明の理である。絶滅危惧種や難民を救っても、彼らから対価をえることは期待できない。財源は寄付や募金に頼らなくてはならない。つまり非営利組織には、本来のミッションである「利用者・受益者のマーケット」に加えて、「寄付者・補助金のマーケット」とでもいうべき、もう1つの重要なマーケットがある。財源を税金や国債で賄える政府組織に対して、民間の非営利組織はファンドレイジングと呼ばれる財源確保のマーケティングが必須となる。
(川野祐二)