ソーシャル・マーケティング

 ソーシャル・マーケティングが登場する直前、1960年代のアメリカでは大企業による環境破壊と健康被害が続発し、市場に出回る製品や廃棄物は市民の安全を脅かしていた。海洋学者のCarson, R. L. (カーソン)は、その著書『沈黙の春』で農薬DDT(dichlorodiphenyltrichloroethane)による自然破壊と健康被害の実態を暴き、若き市民運動家Nader, R.(ネーダー)は、ゼネラルモーターズ社が販売する「コルベア」を欠陥車であると指摘した。大企業の横暴とそれを見過ごす政府の怠慢に怒った市民は、消費者運動を立ち上げて激しい抗議活動を始めた。市民運動の盛り上がりを受けた大統領ジョン・F・ケネディは、国民の健康と消費者の権利を守る姿勢を打ち出し、アメリカの消費者運動は一定の成果をあげた。こうして1970年代に入ると、企業は市場で稼ぐだけの存在から、社会的責任を負う存在へと変化を迫られるようになった。これに合わせてマーケティング概念も拡張され、企業は自社利益のためのマネジリアル・マーケティングやコマーシャル・マーケティングから、社会利益を考慮するソーシャル・マーケティングへと舵を切るようになった。企業で発展してきたマーケティングのノウハウは、行政や非営利組織にも導入されて、公共マーケティングや非営利マーケティングとしてソーシャル・マーケティングの中核的概念になり、特定のターゲットにアプローチして、その習慣や行動をより良い方向に変えようとする社会変革マーケティングは、ソーシャル・マーケティングに特徴的な機能とみなされた。「企業・顧客・社会」という3者のニーズを同時に満たすソサエタル・マーケティングやCSR(Corporate Social Responsibility)マーケティングも提唱された。その典型の1つは、企業利益と社会貢献を同時に行うコーズ・リレーテッド・マーケティングである。しかし、こうした社会志向のマーケティングも、結局は企業利益のために慈善事業を利用しているにすぎないとの批判がある。
 なお、ソーシャルメディアを活用するソーシャル・メディア・マーケティングが、たんにソーシャル・マーケティングと表記されるので注意を要する。それは本項の「社会志向・非営利組織」のソーシャル・マーケティングとはまったく別の意味である。ただし「社会志向・非営利組織」のソーシャルマーケティングにも、ソーシャル・メディア・マーケティングが必要であることは論を待たない。
(川野祐二)