スチュワードシップ理論

 企業統治における「所有と経営の分離」は、所有者(株主)にとって自らの投資ポートフォリオを分散でき、一方で、経営者は経営に専念できることから、効率的・効果的な考え方として広く受け入れられてきた。Jensen, M.C.and Mecling, W.H(. ジェンセンとメクリング)は、この所有と経営の分離の理論を1つの基礎としてエージェンシー理論を発表し、以降企業統治や企業マネジメントにかかわる研究はエージェンシー理論に強い影響を受けるようになった。エージェンシー理論によれば、依頼人―代理人の関係では、代理人が自己利益の追求のため自らの権益を行使する行動をとった場合、依頼人の利益を損ねる可能性があり、これを回避するためには適切なモニタリングや計画的な報酬制度の適用により、両者の利害関係を整合化の状態に近づける必要があると指摘する。このようなエージェンシー理論の根底には、人々は自己の効用を最大化するため合理的に行動するという考え方があり、自己実現、成長、達成、忠誠等人々がもつ性善説的な考え方は考慮されていない。  これに対して、スチュワードシップ理論は、エージェンシー問題(代理人による自己利益の追求)を前提とせず、代理人は依頼人の意図に沿うよう行動し、自己利益の追求よりは、むしろ集団的利益の追求を重視すると仮定されている。すなわち、スチュワードシップ理論では人々は性善説に基づいて行動するという前提のもと、集団に奉仕するという行動が、自己利益の追求よりも高い効用を生み出すとの立場に立っている。この考え方の背景には、人々は生まれながらにして現在の段階を超えてより高いレベルに到達しようと考える「成長・達成の欲求」があり、スチュワードはつねにそうした個人的欲求と集団的利益との間のトレードオフを理解し、集団に奉仕するという行動により個人的な欲求を満たすという前提がある。従って、スチュワードの行動モデルは組織主義的、集団主義的なものであり、集団的利益に替えて自己利益を選好することはない。仮に、スチュワードと依頼人の利害関係が整合していない場合であっても、スチュワードは「背信(defection)」を選択せず、協力を選択する。スチュワードは、協力的行動のほうが高い効用を生み出すと知覚したうえで行動するため、その選択は合理的なものとしてみなすことができる。Hofstede, G.( ホフステード)は、世界の国と地域を個人主義と集団主義という切り口によって解説している。たとえば個人主義はアメリカやヨーロッパ等でみられる特徴であり、集団主義はおもにアジア・南米等に共通する文化である。こうした文化の違いは少なからず人間がエージェンシー関係とスチュワードシップ関係のどちらを選択するかに影響を与える。特に、集団主義的で階層社会である日本ではスチュワードのように行動すること、つまり自己利益よりも集団的利益を優先することを育む環境が存在するといわれている。
(小熊 仁)