情報の非対称性

 市場で経済的な取引を行うにあたって、その取引の当事者たち全員が同じ情報をもたず、一部の者に情報が偏在してしまう現象のことをいう。たとえば、ある商品の売買にあたって、売り手はその商品の品質をよく知っているものの、買い手はそれを知らないという状況が、情報の非対称性が存在する取引の典型例である。中古車市場、保険市場、労働市場、金融市場、医療や法律などの専門知識や技能を提供する市場など、非常に広範に存在している。中古車の売り手は、車の状態について買い手よりもよく知っている。労働者は、自分がどれだけ熱心に仕事をするかについて雇用主よりもよく知っている。このような場合、情報を知らされていない側(車の買い手や雇用主)は関連する情報を知りたいと思うが、情報をもつ側(車の売り手や労働者)は情報を隠そうとするかもしれない。情報の非対称性から発生する問題点は、取引開始前の情報の非対称性から生じる「逆選択」の問題と、取引開始後の情報の非対称性から生じる「モラルハザード(倫理の欠如)」の問題に整理される。前者の逆選択とは、買い手が知らない情報を売り手が知っている状況のもとで、市場を通じて良品を選んで取引しようとしているのに、結果的には良品が駆逐され不良品がはびこる問題をいう。この問題点を緩和・解消するため、情報をもたない買い手は情報をもつ売り手に間接的・直接的に働きかけて情報を引き出すスクリーニング(ふるい分け)を行う。反対に、情報をもつ売り手は情報をもたない買い手に積極的に情報を発信して取引の効率を引き上げるシグナリング(情報発信)を行う。後者のモラルハザードとは、エージェント(代理人)と呼ばれる人が、プリンシパル(依頼人)と呼ばれる人のために仕事をするときに生じる問題をいう。雇用主がプリンシパル、労働者がエージェントという関係のもとで、雇用主が労働者の行動を完全には監視できない場合、労働者は責務を回避しようとする誘惑にかられる。この問題点を緩和・解消するため、雇用主は、労働者の行動の監視(モニタリング)、労働者の給与の引き上げや報酬の誘因(インセンティブ)などを組み合わせて対処する。情報の非対称性は、患者と医師という医療の分野に非常に多く存在している。医師は多くの知識と情報をもっているが、患者には高度で専門的な医学に関する見識はない。患者は情報が乏しいがゆえに、医療機関や治療方法、薬の種類などについて好ましい選択ができない。また、医師が不適切な治療をして診療報酬を増やそうとする場合、プリンシパルである医療保険の保険者は、エージェントである医師の行動を完全に監視できない。これらの問題点の緩和には、インフォームドコンセントの徹底、セカンド・オピニオンの活用、第三者機関の設置など、患者の視点で医療情報を開示する必要がある。
(川島和浩)