社会的投資収益率

 1990年代後半にアメリカのRoberts EnterpriseDevelopment Fundによって開発された、社会的価値の定量的な測定・評価手法であり、社会的投資収益率(SROI)は、サンフランシスコ・ベイエリアの社会活動を対象とした基礎研究を経て発展した。当時のSROIは、費用便益分析と投資利益率(ROI:Return on Investment)の考え方を基礎としており、非営利組織が行う社会活動が生み出した経済的な事業価値に、社会目的価値を加えて社会経済混合価値を算出した後、そのために要した投資額によって除することで、社会経済的な投資対効果を数値化することが意図されていた。なお、このとき分子となる社会目的価値には、公的資金の支出削減額や所得税の増加額などが含められる。その後、SROIはあまり進展をみせていなかったが、2000年代後半に入ってイギリスの社会的企業で広く用いられるようになり、2009年にはイギリス内閣府によりSROIのガイドラインが発行されて標準化がすすんだ。このSROIは、成果となるアウトカムの貨幣換算額を、投入資源であるインプットの貨幣換算額によって除することで計算され、その数値が1.0を超えていれば、投資よりも生み出された社会的価値の方が大きいことになる。そして、分子となるアウトカムには、活動によって創出された雇用や職業訓練効果、副次的な社会的コストの削減額など、広範囲な社会的便益を市場価格や代理価値によって換算して含めるとともに、分母となるインプットには、ボランティアや無償または低償で受け入れた財・サービスを機会費用や代替費用によって換算した社会的費用が含まれる。SROIでは、活動を取り巻く利害関係者に生じたあらゆる便益と費用が貨幣換算されるため、アウトカムおよびインプットの特定や換算に用いる代理指標の選定において、利害関係者が関与する参加型の評価手法がとられることが多い。そして、SROIを算出することにより、どのような社会的価値が、どれくらい生み出されたかを明示することができるため、SROIは社会的企業のインパクト・レポート等に記載されて、利害関係者とのコミュニケーション・ツールなどに活用されている。
 ただし、SROIはその絶対値が高いからといって、必ずしも高い評価が与えられるものではない。なぜなら、SROIは社会的便益の範囲をどの程度広く見積もるか、あるいは貨幣換算の代理指標をどのように設定するかによって、その数値が大きく変動し、そのため、SROIは客観的あるいは普遍的な価値水準をあらわすものではなく、利害関係者が合意した範囲と条件のなかで、社会的価値を試算しているものということになるからである。従って、SROIを算出するにあたっては、その結果を利用したいと考えている利害関係者との間で交渉を行うことにより、評価対象とすべき社会的価値の共通認識をえておくことが重要になる。
(馬場英朗)