市民権

 政治共同体の成員に認められる諸権利の束を意味する。Marshall, T. H.( マーシャル)は、イギリスにおける権利拡大の歴史から、18世紀に権力からの自由のために必要とされる市民的権利が、19世紀には政治権力の行使に参加する政治的権利が、20世紀には福祉国家の誕生とともに標準的な文明生活を送るために生活保障される社会的権利が制度化されていき、市民権として結合されていったことを示した。市民的権利には言論・思想・信条の自由や財産権、法のもとの平等などが、政治的権利には参政権や政治的団結権などが、社会的権利には公的扶助制度や社会保険制度、社会福祉サービス、公教育制度などを利用できる権利が含まれる。近代国家における市民権は国籍と結びついており、市民権の享有主体は国民が想定されることとなる。このため、定住外国人のように社会構成員でありつつも国籍を有しない人々の市民権が十全に保障されない問題が生じることとなる。具体的には、永住権を有したとしても参政権が保障されないことや、国籍条項によって一部の社会保障制度に参加できなかったり、職業選択に制限がかかったりすることが例示できる。グローバリゼーションが進展し、国境を越えて移動する市民が増加することで、こうした問題が拡大化・複雑化している。そこで世界各国では重国籍といった形で市民権を多重化する動きや、超国家的なEU(European Union)市民権の制度化といった形で市民権を重層化する動きがすすんでいる。現代における市民権は、閉鎖性・固定性の高いものから開放性・柔軟性の高いものへと再編成の過程にあるといえる。ただし、この再編成にあたって短絡的に形式的平等の実現を追求すれば、多文化性が尊重されず、マジョリティ集団への同化をすすめてしまう危険性もある。そのため、少数派集団の言語や文化の公的承認と擁護を軸とする文化的市民権という概念も提起されている。このように政治共同体の内部で生じる矛盾や政治共同体を取り囲む社会の変動を受けて、市民権はその享有主体の範囲や保障される権利内容、成員に求められる社会関与の深度について、絶えず再定義され続けることとなる。この再定義の動きにかかわり、少数派集団の側から市民権の拡充を推しすすめるのが市民権組織である。市民権組織は、性別や性的指向、障害や年齢、国籍や民族、いわゆる人種、言語や宗教などの差異を理由に市民権から排除されていることに対して異議申立てをし、市民運動を組織化することとなる。市民権組織は多様な人々の尊厳が守られる社会をつくりだすうえで重要な働きを担うものである。
(川中大輔)