(川中大輔)
シティズンシップ教育
社会構成員に付与されている権利と責任を認識すること、権利行使のための資質・能力を育成すること、そして、社会参加の実践を通じて市民としてのアイデンティティを構築したり社会への帰属感覚を醸成したりすることを目的とする教育のことである。シティズンシップ教育は政治哲学に基づいてその方向性が規定され、リベラリズムに立脚するシティズンシップ教育では「権利・責任」といった形式的側面に、コミュニタリアニズムや市民的共和主義に立脚するシティズンシップ教育では「参加・アイデンティティ」といった実質的側面に比重が置かれることとなる。現代におけるシティズンシップ教育は、従来のいわゆる「公民教育」とつぎの2つの点で異なるものとされる。まず、教授による知識獲得だけではなく、活動を通じた技能習得や態度形成にも力が注がれる点である。つぎに、有権者としての政治参加だけではなく、市民活動・市民事業といった幅広い社会参加が射程に入る点である。こうした変化から個人としての参加のみならず、他者との対話と協働による参加も強調されることとなる。学校教育における具体的な手法としては、模擬選挙や模擬議会、模擬請願や模擬裁判といったシミュレーション学習、論争的な時事問題を取り上げた討論、社会問題解決プロジェクトの立案や実施、教室での学習活動と学外での社会貢献活動を結びつけたサービスラーニング、ボランティアプログラムの立ち上げや参加、生徒会活動等での自治の実践、学校運営への参画などが示される。ただし、シティズンシップ教育は学校におけるフォーマル教育だけで行われるものではない。社会教育団体によって担われるノンフォーマル教育や、市民社会組織での活動経験を通じてなされるインフォーマル学習でも展開されるものである。また、その対象は子どもや若者にかぎらない。成人もまた対象である。市民社会の成熟化には、生涯にわたってのシティズンシップ涵養が求められることから、成人学習の機会充実化は現在の課題である。それでは、シティズンシップ教育はどのような市民の育成を目指すこととなるのだろうか。市民像をめぐって、Westheimer, J. and Kahne, J.(ウェストハイマーとカーニー)はつぎの3つのタイプを示している。社会問題の解決に協力する「個人として責任ある市民」、社会問題解決のために市民組織の運営にかかわったり積極的にリーダーシップを発揮したりする「参加する市民」、社会問題の構造的分析から変革に向けた運動を展開する「公正志向の市民」である。市民としての責任の過度な強調は、ともすれば政府を免責する動きと結びつきかねない危険性がある。そのため、シティズンシップ教育では「個人として責任ある市民」、「参加する市民」にとどまらず、政治的リテラシーを備えた「公正志向の市民」の育成まで目指される必要がある。