市場の失敗

 企業や消費者の利己的行動が社会全体の効率性を高めるという市場経済の利点が機能せず、効率的な資源配分に失敗することをいう。政府の市場への介入があるのは、この市場の失敗が存在するためである。自由な市場経済においては本来、生産者や消費者が個々に利己的な行動を行い、その結果として需要と供給が等しくなるように価格の調整機能が働き、効率的な資源の配分が行われる。このように、各人が自らの利益を追求することで結果として社会全体が機能することを、Smith,A.(スミス)は経済学の古典『国富論』において「神の見えざる手」と呼んだ。しかし、現実社会においてはこのような望ましい調整は働かず、資源配分は効率的にはならない。このことを称する言葉が「市場の失敗」である。市場の失敗には、それが起こる幾つかの要因があげられている。おもな例としては、①不完全競争(独占)、②公共財、③外部性などである。①の独占とは、売り手が価格決定権をもつことで生じる市場の失敗である。市場に占めるシェアがきわめて大きい生産者がいる場合、市場が不完全競争となり、生産者は価格を吊り上げて自らの利益を増やそうとし、結果として消費者の利益が減少してしまう。このような市場の失敗を防ぐための政府の介入として、独占禁止法などが存在する。また、初期投資が巨額かつ供給がすすむことで費用が逓減していくような産業(電気事業、水道事業など)においては、自然独占もすすみやすい。このようなケースにおいては、政府が料金の決定に関与する形で介入することがある。②の公共財とは、不特定多数の者が同時にサービスを消費でき(非競合性)、他者を排除することが困難(排除不能性)という特徴をもつ財である。公共財の例としては、国防や外交、道路などがある。このような財について市場での供給に任せた場合、「誰かが作ったものにただ乗りした方が得」と考えるフリーライダー問題が排除できず、生産されないという事態が発生してしまう。そのため、公共財についても政府が介入(生産)することが一般的である。③の外部性とは、ある主体の行動が市場を介さずに別の主体に影響を与えることをいう。良好な環境や景観など、他者に利益を与える外部性は「外部経済」と呼ばれ、公害や騒音など、不利益を与える外部性は「外部不経済」と呼ばれる。市場に任せた場合、外部経済については、相手に良い影響を与えても何ら見返りがないため供給が少なくなるが、外部不経済については、相手に悪い影響を与えても補償が存在しないため歯止めがかからなくなる。このような失敗に対処するため、景観規制や環境規制が行われる。政府が市場に介入を行うのは、以上にあげたような市場の失敗に対処するためであるが、無論、政府ならすべて上手く対処できるとはかぎらず、政府の失敗と呼ばれる問題も存在する。
(澤田道夫)