災害ユートピア

 災害などの直後には、緊迫した状況のなかで誰もが利他的になり、自身や身内のみならず隣人や見知らぬ人々にさえ思いやりを示し始めることがある。「災害ユートピア」とは、多数の犠牲者が出るような悲劇を目の当たりにした社会において、人々の善意が呼び覚まされ、一種の精神的高揚となってパラダイスが出現する現象を指す。大惨事に直面すると、人間はパニックに陥って利己的になり、暴力や犯罪が起こりやすいという一般的なイメージがあるが、実際の被災地での実情とは異なる。平常時の社会的構図や分断がことごとく崩壊すると、助け合いの精神が呼び起こされ、その目的意識や連帯感が、死や混沌、恐怖、喪失のなかにあっても、一種の喜びをもたらすのである。こういった現象が幾つもの被災地で報告されている。大災害自体は不幸なものであるが、絶望的な状況のなかにポジティブな感情が生まれるのは、人々は本心では社会的な繋がりや社会への帰属を望んでいて、災害をきっかけに行動し、大きなやりがいをえることができるために、こういったパラダイスが出現するという見方がされている。しかしながら、この現象は長続きしない。時間が経つにつれて、少しずつ社会的な構図が復活するに従って徐々に利他的な行動は減少していく。「災害ユートピア」という言葉は、Solnit, R(ソルニット)著の『A Paradise Builtin Hell』(訳:地獄に築かれた楽園)を邦訳した際に名付けられたものであり、造語である。
(菊池 遼)