公益性は、概念的には、「公(おおやけ)」、「公共性」、「公共の福祉」等と近接する。歴史的に日本語の「公」は、天皇や幕府を意味していた。このような統治者(官)の主張・利益としての公と、民衆全体や公衆に開かれているという意味での公との間には当然対立があった。民主制の導入によって統治者が民主主義的正当性を得た段階においてもこの緊張は存在する。民間非営利団体の表現する公益性(しばしば「市民的公共性」などとも呼ばれる)は、その複数性、多様性、先駆的な実験性、マイノリティの表現などと深く結びついており、行政解釈による公共性や公益性とは異なる広がりをもつ。このことを前提としないと民間団体は、公益性の独占的体現者である行政施策実現のためのたんなる道具になる可能性がある。価値観の多元性が幅広く存在する現代社会においては、このことは一層重要である。
なお、憲法上の「公共の福祉」概念が個人の人権を制約する根拠として用いられるが、その歯止めをどのように論理内在的に表現するかについて、解釈論が積み重ねられている。民間非営利団体をめぐる公益性論は、市民が積極的に公益を実現するための支援に関係するが、公共の福祉論は全体の利益のための個人の人権制約の論理としての妥当性が問われることが多い。公益の実現は、行政の独占的事業ではなく、市民が表現し担う可能性を認めることこそが、現代における民間非営利活動に公益性をめぐる議論の前提となっている。
(岡本仁宏)