競業取引

 理事が自己または第三者のために行う法人の事業の部類に属する取引(一般法人法84Ⅰ①)をいう。対象となる「事業の部類に属する取引」とは、法人の事業の目的として行う取引と市場において取引が競合することにより、法人と理事との間の利害の衝突が生じる取引とされる。この「事業の目的」は、法人が事業の目的として実際に行う取引か否かが基準とされ、定款に事業目的として記載のない事業であっても、現に継続的に行っている事業や近い将来に行う予定の事業に対して競合する取引を行う場合は、競業取引に該当する。一方、定款に事業目的として記載されている事業であっても、実際に事業を行っていない場合は、競業取引に該当しない。理事が競業取引を行うためには、理事会を設置する一般社団・財団法人の場合は理事会(理事会非設置一般社団法人の場合は社員総会。以下同じ)において、取引の前に当該取引について、取引の相手方、目的物、数量、価格、取引期間、利益等、法人に及ぼす影響を判断するために必要となる重要な事実を開示し、その承認を受けなければならない(一般法人法84Ⅰ①、92Ⅰ、197)。この承認決議においては、当該取引を行う理事は特別利害関係人に該当するため議決に加わることはできない(同法95Ⅱ、197)。また、取引後には、当該取引を行った理事は、事前の理事会等の承認の有無にかかわらず、遅滞なく、当該取引について、重要な事実を理事会等に報告しなければならない(同法92Ⅱ、197)。このように、理事が理事会等の承認を受けることなく、自己または第三者のために、法人の事業の部類に属する取引をしてはならない義務を、「理事の競業避止義務」という。なお、競業取引は、営利的性格ないし商業的性格を有しなければ法人の事業と競合するおそれがないため、非営利的性質の取引には、競業避止義務の規制は及ばないと解される。 理事会等の適法な承認を受けてなされた競業取引において、法人に損害が生じた場合には、当該競業取引に関して任務懈怠のある理事は責任を免れないと解されている(同法111)。
 理事が理事会等の承認なしに競業取引を行った場合においても、当該規制の対象外となる相手方の利益を保護するため、その取引自体は有効となる。当該取引の結果、法人に損害を与えた場合には、当該理事は損害を賠償する責任を負う(同法111Ⅰ)。このとき法人が被った損害額に対する立証の負担を軽減するために、当該取引によって理事または第三者がえた利益の額をもって、法人が受けた損害額と推定するものとされる(同法111Ⅱ、198)。理事が理事会等の承認をえずに競業取引をしたことは、忠実義務違反となり、解任の正当な理由となる(同法70Ⅱ、176Ⅰ)。また、法令に違反する事実として理事解任の訴えの事由(同法284)になりうるとされる。
(内野恵美)