(吉田初恵)
供給者誘発需要
完全市場において取引をする当事者(供給者と需要者)間に情報や知識の不均衡・非対称(情報の非対称性[information asymmetry])が存在することで、社会・経済的には「供給者誘発需要」(SID:Supplier Induced Demand)などの重要な問題が発生する。SIDが発生するメカニズムは、つぎのように考えられる。市場で供給者が増えれば、供給者間の競争が激化する。その結果、供給者の所得が減少する。供給者が減少した所得を補塡し、さらに増大させるには、需要者よりも専門知識を多く有している(情報の非対称性)ことを利用して、需要者にとって最適な量以上の需要をさせるように、不必要なサービスや過度なサービスが必要だと需要を誘発し、供給者の所得を増加させる。これが供給者誘発需要である。SIDモデルは、また、プリンシパル(依頼人)・エージェント(代理人)理論の文脈のなかで説明することができる。医師―患者の関係については、医師は患者に対して患者の健康について努力をするために雇われており、特に、医療ケアが適切かどうかの情報をもっていない患者の利益のために、医療サービスを提供する責任を負っている。患者は、通常は健康保険で補塡されているので、医師個人の所得が減少しているとき、医師はこの状況を利用して患者を説得して必要以上の医療ケアを消費させる機会をもつことになる。このことは医師であるエージェントにとって所得の増加を意味する。日本では「薬づけ」のインセンティブが働き、アメリカでは「診断検査」を要求するインセンティブが働き、ともに医師は金銭的な自己利益を増やすためにサービス需要を操作しているといえる。医師―患者誘発需要(physician-induceddemand)は供給者誘発需要のなかでも典型的なSIDモデルであるため、諸外国でも多くの研究がなされている。医師と患者の間には絶対的な情報の非対称性があることから、過剰医療、供給者誘発需要の余地がある。そのために、誘発需要によって、消費者(患者)の経済厚生を低下させている点から、政策的対応が必要である。政策的対応としては、医療制度を構成するプレーヤーのモニタリングやインセンティブなどを考える必要がある。