偽装した営利組織

 利己的な利益を求める企業家が利他的動機であるという信頼を受けるために、また非営利組織の免税や助成金などの特典をえるために私的な利潤追求活動を隠して非営利セクターに忍び込む非営利組織のことである。つまり、慈善の動機や利他動機よりは利己的な金銭的動機で動き、分配される実質利益を最大化しようとする不当で不正な非営利組織である。この種の組織を指して“偽装した営利組織”(for-profits in disguise)と名付けたのは非営利経済学の権威であるWeisbrod, B. A.(ワイズブロッド)(1988)である。この偽装した営利組織は経営者や理事や従業員に高額の報酬や役得を与えて組織の利益を消し、利益非分配制約をすり抜けながら営利企業として行動する。あるいは、企業家が会社を所有し、かつその事業と関連する非営利組織の役員を兼務している場合には、私的利益のために非営利組織の免税や助成金を利用することもある。また、営利会社が営利追求の用具として非営利組織を支配することで利益非分配制約を避けることができる。このような傾向がすすんで偽装した営利組織が信頼された地位を悪用したことが分かれば、高い品質の公益に奉仕する非営利組織も利己心の利潤動機をもつ偽装された営利企業の行動によって、資金や労務を提供する価値があるという印である一般の非営利組織の地位の価値は低下し、社会の評価と信用が落ちる。一般の非営利組織の財・サービスの品質の差異を識別するには情報の非対称性などがあるためにコスト高であり、寄付者やボランティアは財・サービスの品質を正確に識別できないので、どの所有形態も同じ行動をするかのようにみられてしまう危険があり、一般の非営利組織が支援を獲得する力を減殺される。機会主義的に行動しない公益に奉仕する非営利組織もよい業績が報われなくなるから諸資源を獲得することが困難となり、寄付やボランティアの市場から締め出されるおそれがある。
 公益に奉仕する非営利組織も非営利の“貨幣” である信頼性が低下していくこのような過程は悪用と不正の発見に要する情報がそれ自体コスト高であるから遅く進行するものの、いずれは非営利組織の一種のGresham(グレシャム)の法則が働き、偽装した営利企業という悪貨がよい非営利組織を駆逐する結果となる。最後には信頼に基づくサービス供給という非営利市場は消滅する。そこで、このような偽装した営利企業の非営利組織への参入を厳しい許認可等の規制で阻む必要があるが、近時の規制緩和政策の流れから、むしろ準則主義で参入を認める傾向にあり、「偽装した営利企業」がさらに流入してくる可能性が高い。そのうえ、非営利組織への公的助成が大きくなり、非営利組織への各種の優遇措置を講じれば、それだけ営利企業が非営利組織形態を選択し、またそれに鞍替えして営利を追求することになる。そしてその結果、偽装した営利組織を規制し監視するコストがさらに大きくなるだけではなく、非営利組織を優遇する制度や政策そのものに対する疑念を高め、優遇措置の撤廃の圧力を強めることになる。
(堀田和宏)