公の支配

 日本国憲法第89条「公金その他の公の財産は、宗教上の組織若しくは団体の使用、便益若しくは維持のため、又は公の支配に属しない慈善、教育若しくは博愛の事業に対し、これを支出し、又はその利用に供してはならない。」に含まれる用語である。他に社会教育法や民間海外援助事業の推進のための物品の譲与に関する法律などにおいて、用例がみられるが、中心的な争点は憲法解釈論である。第89条前段にある宗教団体に対する支出制限は、政教分離と直結しており(憲法20Ⅲ等)、非営利団体としての宗教組織と国家との関係について重要判例が積み重ねられてきた。後段は、戦後、特に私立学校や社会福祉団体への助成に関連して、その解釈が社会的にも、学問的にも激しい論争の的となってきた。また、特活法以来、特に市民活動助成においてもこの解釈が問題となった。民間非営利セクターはしばしばインディペンデントセクターともいわれるが、助成受け入れの条件が「公の支配に属す」ことであれば、民間非営利団体を大きくゆがめる可能性がある。戦後、私学法、社会福祉事業法(その後、2000年に社会福祉法に改正・改称)によって、学校法人・社会福祉法人を設立するなど、「公の支配」を実現するための法人類型をつくり、さらに学校教育法、私立学校振興助成法などによって行政の監督権限を担保する方法がとられた(たとえば、平成15[2002]年5月29日参議院内閣委員会 内閣法制局第二部長答弁)。その背景には、「公の支配に属するといいますのは、その会計、人事等につきまして国あるいは地方公共団体の特別の監督関係のもとに置かれているということを意味する」(平成5[1992]年2月23日参議院文教委員会 内閣法制局長官答弁)という団体統制が必要という解釈があった。
 昭和24(1949)年の制定の社会教育法(昭和24年法律第207号)10は、「『社会教育関係団体』とは、法人であると否とを問わず、公の支配に属しない団体で社会教育に関する事業を行うことを主たる目的とするもの」とする。また、同法12は、「国及び地方公共団体は、社会教育関係団体に対し、いかなる方法によっても、不当に統制的支配を及ぼし、又はその事業に干渉を加えてはならない。」とする。PTA、子供会、ボーイスカウト、ガールスカウト、青年団、老人クラブなどが、多くの自治体によって社会教育関係団体として認められている。同法制定時は、「国及び地方公共団体は、社会教育関係団体に対し、補助金を与えてはならない。」(同法13)とされていた。しかし、昭和34(1959)年にこの規定が削除され、「国又は地方公共団体が社会教育関係団体に対し補助金を交付」する際の審議会や社会教育委員会議への意見聴取も定められた。「不当に統制的支配を及ぼし、又はその事業に干渉を加え」られない、「公の支配に属しない団体」であっても、「公の支配に属しない事業」でない、つまり適切な統制が加えられている事業は、補助金等の支給対象となる。
 NPO法人への助成については、法人統制自体は緩く法人格に直結する統制を要件とはできない。この点で、先駆的であったのは、横浜市市民活動推進検討委員会報告書(平成11年[1999]年3月)である。この報告では、市民活動団体への助成について、日本国憲法第89条後段の規程を公費濫用の防止を担保するものとしたうえで、「『公』とは行政のみをさすのではなく、『市民と行政』とがともに主体になるもの」として市民への情報公開を含めて「公の支配」を位置づけた。また、民間非営利公益団体の多元性を担保することの意義を前提として、財政規律を担保するために必要な「事業」の統制以上、団体の支配にまで至る統制を否定する解釈も展開されている。当然ながら、公金が十分な統制を受けず濫費されることに対する規制は、民主的統制にとって不可欠である。非営利組織に対する助成も例外ではない。他方、国家に「支配」されている非営利組織は下請け団体でしかなく、改革前の公益法人制度においてしばしば政治問題化したような腐敗を招く。民間団体が公金を助成され行う事業において、不当な統制的支配や事業干渉を排除する適切な「公の支配」の形や程度を、憲法論としても実践としてもどのように規範形成できるかが問われている。
(岡本仁宏)