金子良太(國學院大学)

 

Ⅰ はじめに

 本稿では、米国の会計基準設定主体であるFASB の非営利組織会計の改革プロジェクトの動向について述べる。本稿で、本プロジェクトの内容や背景を検討する意義は次のとおりである。
 第1に、純資産の区分や活動計算書の分類表示など非営利組織特有の論点を集中的に検討しており、今後の我が国の非営利組織会計を考えるうえでの貴重な先行事例となる。非営利組織の会計では、企業会計との整合性が重要視されているが、非営利組織特有の事項に関しての検討の必要性は高い。
 第2に、今回のプロジェクトの提案や今後の基準化に至るまでの各種の手続きが、今後の我が国の非営利組織の会計基準の設定方法を変革するうえで参考となる。我が国の会計基準は、内容だけではなくその設定プロセスも主体によって多様である。会計基準の内容だけではなく、より多様な利害関係者の意見を反映した会計基準の設定プロセスについて検討する必要がある。そして、今後は諸外国の非営利組織の会計が我が国に与える影響についても注視していく必要があろう。
 米国における非営利組織の会計基準やその概念の形成過程等に関しては、我が国でも池田(2007)等の先行研究が存在する。本稿では、これらの先行研究を踏まえたうえで、主に2009 年以降のNAC 設立の経緯や、2015 年に公表された会計基準の改訂提案を中心に述べることとする。

Ⅱ 米国の非営利組織会計の概要

 Ⅳ以降の議論を進めていくにあたり、ここでは米国の会計基準設定主体の概要や非営利組織会計の目的を述べる。

1 米国における非営利組織会計基準設定主体としてのFASB

 米国では、1960 年代前半までは、営利組織と非営利組織の会計とは別個のものと捉えられてきた。1966 年にAAA(American Accounting Association:アメリカ会計学会)から公表された基礎的会計理論(A Statement of Basic Accounting Theory:ASOBAT)では、会計の情報提供機能を強調し、情報利用者を志向した会計の構築という考え方が広まった。そして、会計を資産や期間利益の測定だけに限定せず、対象は期間利益の獲得を第一目的とする経済単位だけに限られないとして、非営利組織に対してもその理論の適用を拡大した。以降、徐々に営利企業の会計と非営利組織の会計との融合が図られてきた。
 1970 年代まではAICPA(American Institute of Certified Public Accountants:米国公認会計士協会)や大学、医療機関等の各種の非営利組織の上部団体などが会計基準や業種別の会計に関するガイダンスの設定にかかわっていた。このため、非営利組織の類型ごとに様々な会計に関するガイダンスが公表されていた。この結果、非営利組織の類型ごとに異なる会計処理や開示が求められるケースも出てきた。その結果、開示される情報は組織外部の財務諸表利用者から見て分かりにくいものとなっていた。また、会計基準やガイダンスの設定にかかわる委員の多くは非常勤や無給であって会計基準設定や改訂に当たり十分な資源を有しないこと、各非営利組織の意向を強く受けることから高品質で独立性の高い会計基準の設定が難しいこと等が問題となってきた。
 1973 年に、信頼性・中立性の高い会計基準を設定する主体としてFAF(FinancialAccounting Foundation : 財務会計財団) のもとに、FASB(Financial AccountingStandards Board:財務会計基準審議会)が設立された。FASB は、企業や非営利組織を含めた民間組織の会計基準を設定する。もっとも、FASB 自体も民間の会計基準設定主体であり、非営利組織に対し会計基準の適用を強制する権限はない。
 米国でも様々な類型の非営利組織があるが、代表格は100 万近くの登録数を有し、公益的な活動を目的として税制上の優遇が大きい、内国歳入法501 条C項3号に規定される組織である。これらの組織は、Form 990 という税務申告書をIRS(内国歳入局)に提出する。企業の税務申告書とは異なり、Form 990 は広く一般に公開されている。Form 990 の内容は組織の規模に応じて異なり、小規模な団体に適用されるForm 990-EZ の場合、開示される会計情報は資産規模、収入規模など限定的になる。
 多くの非営利組織は、Form 990 の他に組織のミッションや活動内容を明らかにするAnnual Report(年次報告書)を作成し、公開している。その中で、多くの組織がFASBの会計基準に基づく財務諸表を開示している。また、非営利組織に対してFASB の会計基準に基づく財務諸表の開示を求めている州もある(詳しくは、金子 [2015] を参照。)。

2 FASB における非営利組織会計の目的とNAC の成立

 FASB は、1980 年に概念基準書第4号「非営利組織の財務報告の目的」を公表した。それによれば、非営利組織会計の目的は、寄付等の形で組織へ資源を提供する者にとっての資源配分の意思決定に有用な情報の提供である。資源提供者を財務諸表の最重要な利用者として位置づける点では、企業会計と同様であるとしている。概念基準書第4号では、アカウンタビリティ(Accountability)も重視されるが、単に受託者として資産を保全するという意味にとどまらず、限りある資源を効率的かつ効果的に使用することを求めている(par . 40)。1985 年には、FASB は概念基準書第6号「財務諸表の諸要素」を公表し、営利組織と非営利組織双方を包含したものとなった。
 その後、FASB は非営利組織の会計基準を多く公表している。特に1993 年に公表された会計基準116 号「寄付の会計」、117 号「非営利組織の財務諸表の表示」は、非営利組織の寄付の会計処理や財務諸表の体系を規定し、発生主義会計を前提としている。財務諸表は、名称こそ異なるものの企業会計に近い体系となった。具体的には、「貸借対照表」・「活動計算書」・「キャッシュ・フロー計算書」の作成が求められることとなった。これは、それまで収支計算を中心とし、ファンド会計を前提とした非営利組織の会計に大きな変革を迫るものとなった。
 FASBは営利企業の会計基準も設定しており、最近ではIASB(International AccountingStandards Board:国際会計基準審議会)との国際的な共同プロジェクトなど課題は山積みである。そういった中、非営利組織特有の課題について検討することを目的として、2009年にFASB のもとにNAC(Not-for-Profit Advisory Committee)が設立された。NAC は15〜20 名の委員で構成され、NAC の議長はFASB の議長により任命される。NAC での検討結果は、FASB の理事会に上程され、承認が得られれば外部へ公表される。以下、NACの約4年間にわたる検討の結果として 2015 年に公表された「会計基準改訂に関する提案非営利組織(Topic 958)及びヘルスケア事業体(Topic 954)」(以下「改訂提案」という。)および2016 年に公表されたAccounting Standards Update「非営利組織(Topic 958)」(以下「ASU」という。)について述べる。

Ⅲ 非営利組織会計改革プロジェクトの背景と概要

1  改訂提案の公表に至るまでの動き

 現行の米国における非営利組織の会計は、会計基準116・117 号等を基礎としている。これにより非営利組織の財務諸表の様式が標準化され、組織間の比較可能性が向上し、利用者にとっても理解しやすいものとなった。もっとも、費用の区分や注記については従前の実務の多様性を反映して詳細な規定を定めていないため、現在でも多様となっている。なお、現在会計基準はすべてコード化され、非営利組織の会計はASC(AccountingStandards Codification:会計基準のコード化体系)Topic958 を中心にまとめられている。
 近年では、非営利組織に対する情報開示の圧力は一層強まる傾向にある。また会計基準116・117 号設定後20 年超が経過したことから、その間の実務や情勢の変化を反映した非営利組織会計の包括的な改訂が求められている。そこで、現行の非営利組織会計の改革を念頭において、FASB 議長は2つの議題を検討することを決定した。そして、NAC において財務諸表本表並びに注記の改善を目指すプロジェクトと、財務諸表外のMD & A(Management Discussion and Analysis:経営者による討議と分析)等を通じての非営利組織の活動状況をよりよく示すことを目指すプロジェクトが並行的に始動した。
 プロジェクト発足当初は、2つのプロジェクトが同時に提案を公表することを目指していた。しかし、財務諸表外の情報の改訂プロジェクトについては、FASB が主体となって実施すべきプロジェクトかどうかについて疑問が呈された。また、財務諸表外の情報の規定権限がFASB にあるか否か等を巡って、議論が確定しない状況となった。そして、2014年に財務諸表外のプロジェクトはNAC が検討すべき議題から削除された。その後財務諸表本体及び注記に関するプロジェクトについては単独で検討が進められ、2015 年5月に改訂提案が出された。改訂提案の公表後も、FASB は引き続き当該提案にかかるFAQ などを公表している。

2 改革プロジェクトの特徴

 本プロジェクトは、個別の会計処理や開示にとどまらず、非営利組織会計全体を包括的に検討している点が特徴となる。もっとも、NAC の2015 年9月の会議では、これらは非営利組織会計を完全に再構築することを意図しているのではなく、現行の基準をベースとした「改善」であると説明されている。そして、組織の活動内容や流動性をより適切に示すという観点から、包括的な提案が行われている。改訂提案が公表された後の意見聴取の期間は、通常よりも長めに確保されている。改訂提案の中では、提案を踏まえた今後の基準改正の日程は、明確に示されていない。
 改訂提案に対してコメントの募集が行われ、コメントの締切は2015 年8月20 日であった。2015 年9〜10 月にかけて、米国の5都市でFASB のスタッフと利害関係者との公式会合が開催された。2015 年10 月に、これらのコメントや意見聴取に関して検討が行われている。締切日までに約260 のコメントが寄せられ、5都市にて開催した説明会には146団体が参加した。FASB では、改訂提案の大枠について同意を得られたと理解しているようである。反対の多かった一部の論点や用語等の修正は予想されるが、CF の区分や継続して検討することとなった事項を除いては、概ね以下に述べる改訂提案に沿った改訂が行われた。

Ⅳ 主要な改訂提案の内容

 改訂提案の内容は、多岐にわたる。ここでは、改訂提案のうち我が国の非営利組織会計にも大きな影響が予想される3つの論点について検討する。具体的には、「純資産の区分」「活動計算書における収益や費用の区分表示」「キャッシュ・フロー計算書等における流動性に関する情報開示」の3点について述べる。

1  純資産の区分

⑴ 現行基準と改訂提案との差異
 これまで米国では、会計基準第116・117 号の制定以来、純資産を寄付者により永久に拘束されている「永久拘束」(permanently restricted)・寄付者により一時的に拘束されている「一時拘束」(temporarily restricted)・永久拘束や一時拘束に含まれない「無拘束」(unrestricted)という3区分にしていた。貸借対照表において純資産が3区分されるほか、活動計算書でも純資産の流れが3区分されて報告される。
 新基準ではこれらの区分が変更され、純資産を「寄付者により拘束される純資産(netassets with donor’s restriction)」と、「寄付者により拘束されない純資産(net assetswithout donor’s restriction)」とに区分することになった。その理由として、永久拘束と一時拘束との境界があいまいになっていること、3区分により財務諸表の表示が複雑化し利用者の理解が難しくなっていることが挙げられている。現基準と改訂提案との関係を図表化すれば、次のとおりである。

【図表:現基準と新基準における純資産の区分の比較】

現基準と新基準における純資産の区分の比較

 純資産が誰によって拘束されているかも重要である。非営利組織では、寄付者による拘束にとどまらず、法律による拘束や理事者による拘束など多様である。現在用いられている「無拘束」という用語は、寄付者により拘束されていないことを意味している。寄付者以外、例えば理事者等による拘束が行われていても「無拘束」に含まれる。「無拘束」という用語では、誰からも拘束されていないものと誤解される可能性があるので、「寄付者により拘束されない純資産」というように実態を示す名称が提案された。用語は変更となるが、純資産の区分は寄付者による使途の指定の有無による点について変更はない。
⑵ 拘束の内容に関する注記
 これまでも、理事者等による拘束は、財務諸表の無拘束純資産の内訳として、また注記に記載する形で、多くの組織によって自発的に開示されてきた。このような開示は、ASC958‒210-45-11 でも許容されている。改訂提案では、純資産に課された様々な制約についても、量的・質的双方の観点から注記が求められる。代表例を挙げれば、次のとおりである。
・寄付者による拘束については、拘束の具体的な内容、拘束の期限等
・理事者等組織内での拘束については、その期限や内容
・法令等による拘束がある場合には、その根拠法令や内容、期限
 これらの注記の意図は、資源提供者等への責任を示すこともあるが、あわせて純資産に対する拘束の内容を明らかにすることで、組織の流動性を明らかにすることにもある。まとめれば、純資産の区分は寄付者による使途の指定の有無をもとに行う従来の考え方を維持した。その上で、純資産の呼称を変更し、拘束の内容に関する注記を充実させたということになる。
⑶ 純資産の2区分化に伴う懸念
 2区分化の是非について述べる前に、現行の3区分の根拠や意見を概観しておきたい。非営利組織会計に関する研究を数多く公表してきたAnthony [1989] は、FASB が規定する純資産の3区分には否定的な立場をとっている。ほとんどの非営利組織は、組織内に維持することを期待される寄付を受け取っており、このような寄付はそもそも活動計算書に計上されるべき性質のものではないとした。Anthony [1995] では、FA SB の基準では、寄付の性質にかかわらず全ての寄付が収益として活動計算書に計上されることとなり、寄付の性質の違いを反映していないと批判している。 非営利組織には株主資本という意味での持分や資本は存在しないにせよ、寄付者等により組織内に維持して組織の財産の基礎を形成することが期待されている部分は存在する。通常の事業に用いられる寄付と、維持すべき寄付とを明確に区別することで、組織の財務的生存力や事業の効率性を的確に判断することが可能になると考えられる。
 FASB の非営利組織における活動報告書は、損益計算書とは異なり、組織内に維持すべき寄付を含めたすべての純資産の変動を報告する報告書として位置づけられている。会計基準116 号設定前、FASB の非営利組織会計プロジェクトチームの議長であったNorthcutt は、Anthony に反論している。Northcutt [1995] は、Anthony が主張する組織が維持すべき寄付とそれ以外の寄付の区分は、純資産を3区分することで達成されうるとした。そして、永久拘束純資産は組織が維持すべき部分に相当し、永久拘束・一時拘束・無拘束を区分することで、財務諸表上で寄付の性質の違いを示していると反論した。
 改訂提案にあるように、純資産を寄付者による拘束の有無のみで2区分とした場合、組織が維持すべき資本とそれ以外との区分が不明確になる。注記で純資産残高の内訳や拘束の具体的内容を記述できるものの、活動計算書における純資産間の振替を含めたフローの情報を完全に代替できるわけではない。ストックに関する情報は充実したものの、相対的にフロー情報の提供は限定されているように思われる。なお、この懸念は今回の改訂提案の中では言及されていないようである。非営利組織会計においても、収益や費用よりもストックに重点を置く資産・負債アプローチの色彩がより強くなったと見ることができるかもしれない。
 純資産の区分に関する改訂提案に対しては、全体的に賛成意見が多いようである。反対意見として、組織内に長期的に拘束される組織の基本となる財産の寄付と、それ以外の寄付とは本質的に異なるので区分しないことは不十分な開示であるとの指摘がある。また、拘束の内容が注記されても、注記は本表よりも注目度が低いので情報開示の後退となることも懸念されている。

2 活動計算書の収益・費用の区分および投資収益の表示

⑴ 事業(operating)と事業外(non-operating)の区分
 非営利組織においては、概念基準書第4号前文にも述べられているように、営利を目的としていないため利益が唯一の評価指標にならない。そして、収益や費用の性質を明らかにするため、様々な活動の内容を適切に反映する収益や費用の区分が重要となる。概念基準書第4号は、事業に関連する資源とそうでない資源の流れは区分すべきとしている(par.49)。
 ASC 958‒225-45-9 により、活動計算書の収益及び費用について、「事業」と「事業外」の区分とに大別することが一般的である。例えば事業に関連する費用は管理費等を含めて「事業」に区分され、金融商品の公正価値評価に伴う差額などは「事業外」に区分されることが一般的である。これらの区分は、非営利組織の活動内容を判断するうえで重要なものである。しかし、非営利組織では事業内容が多岐にわたるため、「事業」の定義は組織により異なり、事業と事業外との境界もあいまいになる。このようなこともあって、両者の区分が非営利組織によって多様で、組織間の比較可能性が損なわれているとの問題意識がある。改訂提案では、事業と事業外の区分に関して新たな提案が行われ、各組織における「事業」をどのように定義し、事業と事業外をどのように区分したかについての補足説明を求めている。
 なお、FASB はこの課題を非常に重要であると認識しながらも、より慎重な検討や意見の集約が必要との立場から、ASU においては最小限の変更のみを盛り込み、2017 年4 月現在も引き続き検討を進めている。
⑵ 費用の機能別分類と性質別分類
 費用には、機能別と性質別の分類が考えられる。企業会計においては、一般的に給与、減価償却費、運送費といった性質別の区分が行われている。非営利組織では、FASB のASC958-720-45-15 で、非営利のヘルスケア組織については性質別の費用区分のほか、機能別の費用表(Statement of functional expense)も併せて求められている。これは、ヘルスケア組織が利用者等からの利用料を主要な収益源泉としていること、営利組織であるヘルスケア組織との比較等を念頭に置いたものであると考えられる。非営利組織であっても、事業収入が主たる収益源泉の場合、その活動は営利組織に近く、企業会計と同じ性質別の分類のほうが理解しやすいかもしれない。
 一方、ヘルスケア組織以外の非営利組織については、ASC 958-720-05-4では、事業費用(operating expense)について次のとおり機能別の区分表示が求められている。
・プログラム費(program)……プログラム遂行のための費用・管理費(management and general)……組織の管理に要する費用
・ファンドレイジング費(fundraising)……組織の資金調達に要する費用
 そして、性質別の区分を行うことは求められていない。もっとも、性質別区分に基づく情報を自発的に開示する非営利組織は多い。改訂提案では、ヘルスケア組織に特有の規定を廃止し、すべての非営利組織に事業費用の機能別・性質別双方の情報の開示を求めている。開示の様式は柔軟で、次のような選択肢がある。
・活動計算書において、機能別・性質別双方の区分表示を行う方法
・費用の性質別区分等の詳細区分について、別表を作成する方法
・活動計算書本体で行っていない区分につき、注記で開示する方法
 なお、事業外費用については性質別区分のみが求められ、機能別分類を行うかどうかは組織に委ねられる。機能別・性質別双方の区分により非営利組織の活動実態がより適切に表示されることが期待されるが、その前提としては費用区分が適正になされていなければならない。
 ファンドレイジング費や管理費の比率が高いということは、プログラムに投入される資源が限定されることを意味する。一般に非営利組織には、寄付の獲得等のために管理費やファンドレイジング費の比率を低く、事業費の比率を高めようとする動機が生じる。そこで、共通的に発生し、一定の基準に基づいて配分を要する費用については、これを多く事業費に配分し、管理費やファンドレイジング費に過小に配分する恣意的な会計処理が行われる可能性がある。特にファンドレイジング費については、その範囲など不明確な点もあり、不正確な報告が多くなりがちである。
 米国では、NPO の財務諸表で開示される費用を調査した実証研究がある。Krishnan,Yetman and Yetman [2006] では、ファンドレイジング活動を行っていることがホームページ等から明らかであるにもかかわらず、ファンドレイジング費が報告されていない事例があること、また事業費比率を高く計上しようとする経営者による会計数値の調整行動が存在すること等が示されている。また、Jacobs and Marudas [2009] では、寄付者は管理費比率の低い非営利組織を選好する傾向にあることを明らかにしている。不適切な費用区分は、財務諸表利用者の寄付に関する意思決定を歪めることにもなりかねない。このような問題を改善するために、改訂提案では、共通費用の各プログラム、管理、ファンドレイジングへの配分方法について追加的な記述を求めている。非営利組織の活動内容は多様であり、運用上の困難も想定される。そこで、今後FASB より費用の区分に関する各種ガイダンスが公表される予定である。
 FASB では、活動計算書の表示区分に関する提案についても、概ね理解が得られたとしている。これに対する反対意見としては、Form990 の費用分類との不整合が挙げられている。Form 990 では、機能別費用表を求め、プログラム費・管理費・ファンドレイジング費に区分している。また、機能別・性質別双方で開示することによる作成・開示コストの上昇も懸念されている。全体を通じて、活動計算書や注記における費用の表示区分は詳細化される傾向にあるが、本表で行う必要はなく注記として記載することも認められる。情報開示の充実が求められているものの、その開示方法については自由度が高いものとなっている。
⑶ 投資収益の表示
 改訂提案では、投資収益の表示方法についても言及している。投資収益は、米国の非営利組織にとって寄付や事業収益と並んで重要な収益源泉である。特に保有する財産の大きな財団の場合、資産運用から得られる投資収益に収益の多くを依存している。そこで、組織間で比較可能な形での投資収益の表示が求められる。
 現行の実務では、投資収益については、資産運用にかかる費用と両建てにして示すこともあれば、収益と費用を相殺して純額で示されている例があるなど、多様である。大規模な資産運用を行う非営利組織では、専属の運用担当者を雇用していることもあれば、外部の運用会社に運用を委託していることもある。運用担当者を自社で雇用するか、外部の運用会社を利用するかによっても、経済的実質はそれほど変わらないにもかかわらず、財務諸表上の表示は異なることがある。この結果、投資収益の組織間の比較可能性は十分でなかった。
 改訂提案では、投資収益は原則として純額で示すことを要求している。つまり、活動計算書上運用益と運用により生じる各種費用は相殺され、純額が投資収益として示される。そのうえで、組織内部で生じた運用担当者の給与等については注記が求められる。この提案に対しては賛否両論であり、組織内部で生じた費用の注記に関しても、その作成コストが開示のベネフィットを上回るのではないかとの意見が寄せられている。

3 流動性に関する情報の充実(キャッシュ・フロー計算書を中心に)

⑴ キャッシュ・フロー計算書の直接法への一本化
 非営利組織の流動性に関する情報開示の改善は、本プロジェクトの重要な目的と位置付けられている。そして、キャッシュ・フロー計算書(以下「CF 計算書」という。)をはじめとする各種情報の拡充が求められている。ASC 958-230-55-5では、非営利組織のCF 計算書での事業活動によるCF(以下「事業CF」という。)の表示について直接法と間接法の双方が認められている。これに対して新提案では、直接法のみとなる。直接法により、組織の事業内容がより明確になる。また、活動計算書における事業費用と、CF 計算書における事業CF とを連動させる形で、両計算書の関係を分かりやすい形で表示することが意図されている。
 これまでの実務では間接法が多かったため、非営利組織には直接法に切り替えることによるコストが生じる。FASB は、非営利組織ではこれまでも収支計算を重視してきたこと、GASB(Governmental Accounting Standards Board:政府会計基準審議会。米国の州地方政府の会計基準を設定する機関。)の対象となる政府系非営利組織においては、GASB の基準書第34 号により従前から直接法による CF 計算書が義務付けられていることからみても、追加的なコストは限定的であるとしている。
⑵ CF の区分方法の変更
 ASC 230-10-45-10 では、CF を「事業活動」、「投資活動」、「財務活動」の3つに区分する。非営利組織における特定の活動を、どこに区分するかについての変更が提案されている。たとえば、固定資産を取得するという寄付者からの意図を持った現金による寄付は、これまでは財務活動として区分されていたが、これに代わり事業活動に区分することが提案された。また、固定資産を取得する使途制限を付して他組織に対して行った寄付も、投資活動ではなく事業活動に区分される。これらは、非営利組織の本来的活動であり、活動計算書上も「事業」に区分されている。非営利組織の特性を反映して、企業会計とは異なる区分が求められることとなる。これらの変更により、活動計算書の事業区分とCF 計算書の区分は整合的になる。
 直接法の導入や区分の変更により、企業会計実務とのかい離が大きくなるとのコメントもある。また、直接法の強制はコストが便益を上回るとか、直接法を導入するにしても企業会計において同様の提案がなされてからにすべきとのコメントも寄せられている。この結果、改訂提案において示された直接法への一本化は、ASU においては見送られた。また、CF の区分方法の変更は引き続き検討されている。もっとも、FASB はこれまでも直接法への一本化の提案を複数回行っており、現在でも非営利組織会計の改訂プロジェクトは継続していることから、今後も直接法の一本化への含みを残している。
⑶ 流動性に関する情報開示
 流動性に関する開示は非営利組織にとって重要であり、様々な情報の開示が求められる。改訂提案では、組織の流動性を判断するのに必要な次のような情報の説明を求めている。
・金融資産の合計額
・様々な制約から非営利組織が期間内に支払うことができない金額
・金融負債の合計額
 非営利組織や寄付者をはじめとする多くの利害関係者にとっても存続可能性は重要である。改訂提案の中でも、「流動性(liquidity)」という用語は繰り返し登場する。米国では、新たな非営利組織が多く生まれる一方、淘汰されていく組織も多い。そこで、様々な利害関係者の立場から流動性に関する情報開示の充実が要請されているようである。

Ⅳ 我が国への示唆と今後の展望

 改革プロジェクトでは、非営利組織の流動性や活動内容に関する開示を向上させる方法について様々な観点から検討されている。そして、非営利組織会計に特有の論点について詳細な検討がなされている。特定の項目に限られない包括的な提案であり、会計処理や財務諸表上の表示だけではなく、注記等の補足説明の充実を意図したものとなっている。本表の詳細化は避ける一方、注記情報が大幅に拡充される見通しである。なお、FASB ではこれらの改革は従来の実務の「変更」というよりも、これまでの実務や考え方を基本とした「改善」であるとしている。
 非営利組織においては利益数値が唯一の指標とならない分、財務諸表における表示項目の区分や注記等による情報開示が企業会計以上に重要であろう。我が国では財務諸表本表や会計処理の検討が中心となり、注記に対する検討には比重が置かれていない。現在我が国の社会福祉法人や学校法人等でも全般的な会計基準の改訂が行われているが、注記の充実や非営利特有の論点の会計処理等については学ぶべき点も多い。
 個別の内容を見ると、純資産の区分については我が国への影響も大きいものと思われる。我が国では、公益法人会計基準において一般正味財産と指定正味財産の2区分が採り入れられている。平成16 年の公益法人会計基準改正前に、純資産を3区分する議論はあったものの、実行可能性(それまで純資産を区分してこなかったことからの実務上の煩雑性や、永久拘束と一時拘束を区分することの難しさ)の問題もあり2区分となった。その方針は平成20 年基準においても踏襲されている。
 NPO 法人会計基準では、純資産を2区分するほか、区分しないことも許容している。非営利組織会計の共通的枠組みの構築を見据えた日本公認会計士協会[2013]は、純資産の3区分を提案している。3区分では、組織が維持すべき部分と日々の運営に関連する部分との区分を意図しているように思われる。このよう中で、純資産の2区分に向けて舵を切った米国の動向が我が国に与える影響が注目される。また、川村(2010)にもあるように2区分であっても、非営利組織のフローの性質を区分することはある程度可能であり、3区分と2区分との相違について検討が必要と考える。前述の通り、2区分とした場合でも、注記によりストック情報の開示は補足することができる。一方、活動計算書のフローについては2区分と3区分とで数値や意味が大きく異なってくる。この情報内容の違いがもたらす意味については、今後検討していきたい。
 費用の区分に関して言えば、馬場・五百竹・石田 [2014] のNPO 法人に対するアンケート調査では、費用の機能別と性質別の分類いずれが望ましいかとの問いに対し、約7割が性質別の分類が望ましいと回答している。非営利組織における費用の区分は、我が国では公益認定との関係もあり「事業費」と「管理費」の区分に焦点が当たっているが、機能別か性質別かという軸についても十分に議論していく必要があろう。
 CF 計算書については、現在我が国でCF 計算書を作成する非営利組織は限定的であるが、独立行政法人のように直接法による作成が求められている例も存在する。収支を明らかにするだけではなく、活動状況を適切に示す区分が求められる。我が国では、CF の区分に関する検討は進んでいないが、非営利組織の活動をよりよく反映するよう、企業会計とは異なる区分を視野に入れたうえで今後の検討を進める必要があろう。
 本稿で述べてきた改訂提案は、関係者から賛同が得られた項目が多いことから、今後基準設定の動きが具体化していくこととなろう。もっとも、注記等を中心に反対意見が多い部分もあり、引き続き動向を注視していくことが必要である。また、米国では、GASB において、2015 年9月に州・地方政府の財務報告の改革プロジェクトが開始されることが公表された。AICPA においても、2015 年に非営利組織部会が立ち上がり、非営利部門の専門家の認証を行うプログラム(Not-for-Profit Entities Certificate Program)も始まり、今後の動きが注目される。
 今回の改訂を通してみると、全般的には情報開示の充実を進めているものの、企業会計に近づく部分もあればそうでない部分もある。CF 計算書における区分や一部の注記については、企業会計とは異なる規定が検討されていた。非営利組織会計は企業会計に近づく方向に向かうのだろうか、それともより独自性を強調する方向に向かうのであろうか、今後の展開に注目したい。
 なお、改訂は以上に限られないが、そのすべてを検討することは不可能であった。そして、新基準適用後の財務諸表の実例などはまだ公表されていないが、これらについても、別稿にて詳しく検討したい。

【主要参考文献】
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【付記】本稿は、『公益・一般法人』第908 号(2016 年1 月)に掲載した論文について、その後2017 年4 月までの情勢の変化を反映して、一部加筆修正を行ったものである。