江田 寛(公認会計士)
Ⅰ はじめに

 会計制度は、国内外の研究成果を考慮しながら、会計現場の視点に立って検討することが基本である。しかしながら、会計現場の視点に立つことを重視するあまり、全体のフレームワークの視点が軽視される傾向が見られる。その場しのぎ的な対応がフレームワークの構成に影響を与えてしまうことさえ散見される。存在する会計制度の検討は全体を構成するフレームワークが前提にあって、会計現場の個々の問題点が検討されなければならない。本稿は、我が国おける民間非営利組織の会計の現状を概観し、本来あるべき会計の姿を民間非営利組織の経済的特性を考慮しながら検討することによって、非営利法人研究学会が2009 年名古屋大学における第13 回全国大会以来重要なテーマとしてきた非営利法人の会計基準統一の議論に貢献することを目的としている。

Ⅱ 我が国における民間非営利組織の会計の特色

 我が国には、社会福祉法人、学校法人、公益法人、NPO 法人等民間非営利組織の数多くの法人類型が存在する。それぞれの法人にはそれぞれの設立根拠法があり、それぞれに所管官庁が存在し、それぞれ異なる会計基準が適用されていた。しかしながらFASB の強い影響のもとに公表された「平成16 年公益会計基準」[2004] が従来、計算書類の重要な位置づけであった「収支計算書」を内部管理目的として財務諸表から除外したことからその構成が変化しつつある。社会福祉法人会計基準や学校法人会計基準では、従来、資金フロー計算を目的とする資金収支計算の役割が、純資産フローを目的とする正味財産増減計算と比較し相対的に大きいものであった。しかし、「平成16 年公益会計基準」[2004] 以後の改正を経て正味財産増減計算の役割を重視する視点が増大しているように思われる。NPO 法人においても、制度創設当時、重要な役割を担った「会計の手引き」は資金収支計算に重きを置いていたが、「NPO 法人会計基準」[2010] は、純資産フローを目的とする「活動計算書」を採用し、収支予算管理を目的とする資金フロー計算は行われないこととなった1

1 行政機関との距離感と会計の特色
 法人法定主義を採用する我が国においては、法人の設立には設立根拠法が必要となる。民間非営利組織の場合には、それぞれの設立根拠法に監督権限を持つ主務官庁が規定され、会計基準も主務官庁が直接策定するか、主務官庁の強い影響力の下において策定されてきた。行政機関の会計は、国民の義務として徴収された税金を財源とすることから、三権分立構造に基づき行政機関で作成した事業計画及び歳入・歳出予算を、立法機関で検討承認したのち、立法機関のモニタリングの下で行政機関が予算を執行するというプロセスをたどる。指導監督権限を持つ主務官庁が、対象となる法人にこのような行政機関的執行方法を要求して来たことが我が国の民間非営利組織の会計の重要な特徴を構成してきた。しかしながら、「平成16 年公益会計基準」[2004] はFASB の考え方を大幅に取り入れ、行政機関の指導監督権限に貢献する会計から国民の意思決定に役立つ会計へと方向を転換する。「NPO 法人会計基準」[2010] は「平成16 年公益会計基準」[2004] の考え方をさらに明確化する形でその枠組みを発展させている2

2 公益法人会計基準の変遷
 昭和52 年に公表された最初の公益法人会計基準(以下「昭和52 年基準」[1977] という。)は、昭和46 年12 月の「公益法人の指導監督に関する行政監査の結果に基づく勧告」を契機としている。当該勧告書の(第3)は「公益法人の会計、経理に関する事務処理の基準を設け適切な指導を行うこと」とのタイトルで「各府省庁は、公益法人の会計、経理の適正化について注意するとともに、予算及び決算関係書類の作成方法、事業成績を適正に表示するために必要な、標準的な勘定科目の例示、公益事業から生じる所得に関する経理と収益事業から生ずる所得に関する経理との区分経理の具体的要領など、会計、経理に関する事務処理の基準を示し、的確な指導を行う必要がある」(番場・新井 [1986] 8-9 頁)と記載している。公益法人会計基準は「公益法人会計経理基準調査研究会」が昭和50 年5月に作成した「公益法人会計基準(案)」を基にしているが、会計専門家から構成される調査研究会は、所管官庁の指導監督に役立つ収支予算管理を目的とする財務書類を含む財務諸表の作成を複式簿記を用いて実施する会計基準の策定を要請されたことになる。行政機関の歳入歳出計算書には出納閉鎖期間という概念があるので、その本質は短期金銭債権債務を含む資金のフロー計算書に類似している。「公益法人会計基準(案)」は、フロー情報を、収支予算管理を目的とする短期金銭債権債務を含む資金のフローとその他の正味財産から成る非資金のフローに区分することで複式簿記の枠組みを構築する。「昭和52 年基準」[1977] はこのように主務官庁の指導監督権限に役立つ収支計算を中心に計算書類が構成された。「昭和52 年基準」[1977] は昭和60 年9 月に改正される(以下「昭和60 年基準」[1985] という。)。「昭和60 年基準」[1985] では、ストック式と呼ばれる「非資金のフロー計算書」の他に、フロー式と呼ばれる「正味財産全体のフロー計算書」の選択適用が認められたが、収支予算管理を目的とする「収支計算書」の作成義務は継続されたことから、指導監督権限を強く意識した会計報告との本質を変更することはできていない。
 「昭和52 年基準」[1977] が公表されてから27 年経過した、2004 年に公益法人会計基準は、前述の「平成16 年公益会計基準」[2004] となる。指導監督権限を強く意識した会計報告から国民の理解を前提にした会計基準に変貌したのである3。その後新たな公益法人制度の施行と伴に改正され「平成20 年公益会計基準」[2008] となった。「平成20 年公益会計基準」[2008] は公益法人制度の新たな監督機関である公益認定等委員会や都道府県に設置された合議制の機関の利用を前提としたものに変更されている。

Ⅲ 民間非営利組織の経済的特性

1 「市場の失敗」と「政府の失敗」
 レスターM サラモンは民間非営利組織の存在理由について5 つの項目を挙げている。①歴史②市場の失敗③政府の失敗④多元的な価値観/自由⑤連帯である(入山映訳 [1994]23-28 頁)。
 このうち経済学的視点は「市場の失敗」と「政府の失敗」であろう。「市場の失敗」は市場による資源配分の限界を説明するもので、非市場的資源配分の必要性の根拠となる。非市場的資源配分の主体の一つは政府部門である。政府部門は国民から徴収する税金を財源として非市場的資源配分を行う。つまり、選挙によって選出された議員から構成される立法機関で制定された法律に基づいて、立法機関のモニタリングの下で、執行機関である行政府が事業を執行していくのである。立法機関の構成員が選挙で選出されるという事実を考慮すれば、実施される事業は国民共通の理解を得られることが必要となる。また、政府部門による事業の執行は、三権分立構造に基づき政府部門で作成した事業計画及び歳入・歳出予算に基づき、立法機関で承認の後、立法機関のモニタリングの下で行政機関が予算を執行するというプロセスをたどる。そこでは、事業実施の効率性よりも民主的執行手続の確保が重要視されることになる。事業執行の適時性や事業コストの視点よりも執行手続の適切性の確保に優位性が置かれることになるのである。この点について、レスターM サラモンは「国民大多数の支持がある場合でさえ、政府の行動には、わずらわしさ、対応の遅さ、官僚的な反応などがつきものである。」と述べている(入山映訳 [1994] 26 頁)。すなわち「市場の失敗」および「政府の失敗」から導かれる民間非営利組織の経済的特性は、非市場的資源配分の主体の一つとして政府部門が選択しにくい範囲に係る事業や政府部門の執行プロセスでは効率性が十分に確保できない部分4について、事業実施の主体となる必要性の中に存在しているのである。

2 政府による所得再分配の限界と「もう一つのルート」
 我が国の債務残高は1,000 兆円近いといわれている。一方で、資本の国際間移転は進み、税負担の増大は産業の空洞化ばかりでなく、個人の国外転居さえ生じかねない現状となっている。つまり、国内の税負担割合は国際的な税負担割合と関係し、税負担率の上限としての壁が形成されることを意味している。国際的な税負担率の上限という壁の存在が、結果として国民の所得間格差を発生させることになる。同時に税収不足による財源の不足が、政府による所得の再分配機能を低下させる。ここに政府による再分配機能の限界を補足するものとして「もう一つのルート」と呼ばれる民間のボランタリィな寄付を財源とする所得の再分配の必要性が存在することになる。「もう一つのルート」による所得の再分配は、政府による所得の再分配に比較し二つの測面で経済的優位性を持つ。一つは、高額な所得を獲得することによる自己実現であり、他の一つは、所得の一部を用いた社会貢献活動による自己実現である。しかしながら「もう一つのルート」による所得の再分配は、社会貢献活動の財源となる任意の寄付の不確実性及び所得格差の存在を前提とした所得の移転である点に劣位性がある。所得格差を前提とした所得の再分配は持てる者から持たざる者への所得の移転であり、人間のおごりや卑屈さに連動する可能性があるからである。この部分に民間非営利組織の経済的役割が存在する。すなわち、「もう一つのルート」による所得の再分配が持つ二つの劣位性の克服こそがその役割となるからである。マイクロソフトの創設者であるビル・ゲイツや、フェイスブックのマーク・ザッカ―バーグの行動は「もう一つのルート」の具体例の一つであろう。「もう一つのルート」から導かれる民間非営利組織の経済的特性は、ボランタリイーな寄付を確実に集め、持たざる人々へのサポート活動に変換するという極めて重要かつ重大な役割として社会の中に存在することになる。

3 経済的特性に関するまとめ
 「市場の失敗」と「政府の失敗」から導かれる特性に着目すると、民間非営利組織は政府と伴に非市場的資源配分の主体であり、任意の寄付を集め、政府部門が対象とすることができにくい事業を実施すること、および政府機関的意思決定プロセスでは効率性を確保することが難しい事業について主として税金から構成される補助金や委託料等を財源として実施する組織となる。また「もう一つのルート」から導かれる特性に着目すると、民間非営利組織は任意の寄付を確実に集め、援助を必要とする人々へのサポート活動に変換する経済的特性5を持つことになる5。民間非営利組織の会計を構築するにあたっては、市場原理を前提とした資源配分の主体である企業とは異なる経済的特性を斟酌したうえで検討される必要が有ることになる。

Ⅳ 民間非営利組織の会計を考えるにあたって重要な視点

 民間非営利組織は、任意の寄付を財源として組織の目的である社会貢献事業を実施する。経済的特性を、「市場の失敗」と「政府の失敗」から検討しても、「もう一つのルート」から検討しても対価性のない収益の獲得と、それらを財源とする事業の実施が最も組織目的との整合性が高い。「市場の失敗」と「政府の失敗」から導かれる、行政機関的執行プロセスでは効率性が確保できない事業の実施については、財源が国民から徴収した税金を基にした補助金や委託料である場合も考えられる。しかし、税金を財源とするという一点をもって民間非営利組織に行政機関的執行プロセスを要求するのでは、出発点である事業効率性の確保との整合性が取れない点に注意すべきである。

1 対価性のない収益の獲得
 伝統的な民間非営利組織の会計では、収益の認識は現金主義を出発点としている。物品やサービスの提供と異なり、「寄付者の意思」を出発点とする寄付や贈与では財産の提供が終了するまでは、確実性が担保されないと考えられたからである。しかしながら、現状ではIT 技術等の進展に伴い多くの新しい寄付の形6が作り出され、伝統的な考え方だけではその実態を表現することができない状態に立ち至っている。また、社会貢献事業に対する財産の提供は寄付者の自己実現ばかりでなく、社会全体の豊かさの創造と密接な繋がりを持っていることから、資源を安定的に獲得し、サービス利用者のために適切な形に変換することを主要な役割とする民間非営利組織にとっては、映し出される会計的真実はこれらの観点を含めて構築される必要が有る。寄付獲得のための努力と成果としての寄付金の受入れは、最も重要な要素として認識及び測定される必要があるだろう。

2 一般目的の財務報告基準7
 我が国の民間非営利組織会計の特色は、前述したごとく指導監督権限を背景にして主務官庁にとって役に立つ会計制度の確立が指向されてきたという事実と深い関係がある。しかし、この考え方は民間非営利組織の経済的特性との整合性を持ちにくい。「市場の失敗」と「政府の失敗」から導かれるのは、非市場的資源配分において政府機関と民間非営利組織は、共に自立した主体として相互補完的に機能することによって経済的特性を確保し、社会的役割を果たすことになるからである。また、「もう一つのルート」は、政府による所得の再分配機能の低下を民間からの任意の寄付を財源とする所得再分配によって補おうとするものである。したがって、行政機関と民間非営利組織は従属関係ではなく、独立した事業主体である必要性が重要な部分となる。このことから民間非営利組織の会計は、資源提供者である国民を第一義的な対象として構築される必要性が導き出される。資源提供者である一般国民は、主務官庁と異なり、民間非営利組織から提供される会計報告によってのみ判断を実施することが標準的である。このことは、民間非営利組織の会計は、主として民間非営利組織から提供される会計報告を利用して意思決定行う一般国民を想定(一般目的の会計基準)して作成されなければならない7ことを意味している。従来の主務官庁の利用を主たる目的として会計報告(限定目的の会計基準)を作成することは民間非営利組織の経済的特性と整合的ではない。行政機関は一般目的の財務諸表によって指導監督に係る意思決定を行うことになるが、監督権限の履行にあたって不足部分が生じた場合には、それを会計基準に求めるのではなく、適正な指導監督権限を行使して追加的に情報を獲得すれば良いのである。

3 制度の成熟度
 民間非営利組織の会計を考えるにあたって、営利企業で開発された会計基準をどのように導入するのかは、極めて大きなテーマである。営利企業の会計基準の開発目的と民間非営利組織の経済的特性との整合性について検討することはもちろん大切なことである。それ以外にも民間非営利組織の制度の成熟度を考慮することが必要であろう。1998 年の特定非営利活動促進法の施行に合わせて、「シーズ=市民活動を支える制度をつくる会」の中に設置された「NPO アカウンタビリティ研究会」は「公開草案第3 号NPO 法人等の財務諸表の作成基準と様式」を公表した(「NPO 会計公開草案」[1998])。
 「NPO 会計公開草案」[1998] はNPO 法人の財務諸表について標準型と簡易型を提示している。標準型はFASB の考え方を大幅に採用し活動計算書、貸借対照表およびキャッシュ・フロー計算書を基本財務諸表とし、寄付者の使途制約概念を会計報告に採り入れた画期的な内容であった。しかし、この標準型は、ほとんどNPO 法人に採用されることはなく、資金収支計算と棚卸法による財産目録を内容とする簡易型が普及したという事実がある。このことは、どんなに理論的に優れた内容であっても、対象とする組織が消化する段階にない場合には普及することが困難であるという事実を示している。「2010 年NPO 法人会計基準」[2010] は、この点を考慮し「組織の成熟度」を判断基準の一つとして会計基準を策定する努力8を行っている。

4 対象たる組織の規模と会計基準の対応
 対象たる組織の規模が多岐にわたっているときに、標準的な組織と小規模な組織とでは会計ニーズが異なってくる。小規模な組織にまですべての適用を要求すると消化不良を起こし伝えるべき情報が相手に伝わらないという事態が生じる恐れがある。
 この問題に対処するには二つの方法がある。一つは、標準型と簡易型として二つの会計基準を用意する方法である。この方法では、対象たる組織が一定のラインに達するといきなり会計報告の内容が異なる事態が生じる。この点に着目してダブル・スタンダードであるとする批判的な見解がある。他の一つは「重要性の原則」を利用する方法である。「重要性の原則」とは、通常は標準的な会計処理を要求するが、重要性が少ない場合には簡便な処理を認めるとする考え方である。重要性とは情報価値の重要性を意味するので、二つの会計基準を用意するのとは異なりダブル・スタンダードの問題は起こりにくい。「重要性の原則」のもう一つの利点は、組織の成熟度との関連で考えることができることにある。対象となる組織の構成割合が、成熟組織60%、未成熟な組織40%と想定すれば、会計基準は厳格な会計処理を標準的な処理として記載し、重要性がない場合には簡便な処理を採用することができると記載すればよい。一方、対象となる組織の構成割合が、成熟組織40%、未成熟な組織60%と想定すれば、会計基準は簡便な会計処理を標準的な処理として記載し、重要性が高い場合にはより厳格な処理を採用すると記載すれば良いことになるからである。

5 アンソニー・レポート
 民間非営利組織の会計の視点については、1978 年に公表された「非営利法人の財務会計に関する調査報告書」が参考になる。同報告書は「財務報告情報の内容」として以下の4項目を記載している(若林茂信 [1997] 40-41 頁)。

 (1)financial viability(財務的生存力)
 「法人がその存在目的であるサービスの提供を継続する能力があるかどうかを表示した情報」
 (2)fiscal compliance(使徒指令等との準拠)
 「非営利法人の管理者は、数多くの使徒指令に準拠しなければならない。・・・(中略)・・・使徒指令には法令によるもの(政府機関の場合)、経営方針決定機関からの意思表示によるもの、あるいは資源提供者からの意思表示によるものがある。」
 (3)management performance(管理者の管理運営)
 「管理者は、基本的に、金銭を賢明に(wisely)使用する責任がある。したがって、財務情報利用者は、金銭がいかに良く使用されたか、会計がその事実にいかに良く焦点を当てているかについて関心を持つ」
 (4)cost of services provided(提供したサービスのコスト)
 「いろいろのプログラムにいくらの金銭が支出されたかの情報は、情報利用者に対して重要である。」

 アンソニーの視点は現時点でも非営利組織の会計基準の策定において強い影響力を有している。特にfinancial viability(財務的生存力)の議論はわが国の民間非営利組織の会計基準策定に大きな影響を与えたといえる。fiscal compliance は、法令遵守概念よりも広い、会計的視点からのコンプライアンスを意味している。若林茂信 [1997] は法令・経営方針決定機関の意思表示・資源提供者の意思表示に関してのコンプライアンスと説明している。本稿は、民間非営利組織は政府機関と伴に非市場的資源配分の主体であるとして主務官庁の指導監督権限を抑制する方向で経済的特性を説明した。この視点から見れば会計上のコンプライアンスは組織の自浄性を含むより広い概念で考えられる必要がある9。cost ofservices provided は、民間非営利組織の本質的役割の一つであり、民間非営利組織の活動の根源をなすものである。したがってコストの中には社会貢献活動以外の要素の入り込む余地はない。特定のプログラムに係る寄付の募集コストであっても、それがプログラムコストを構成することはない。あくまでも社会貢献活動としてのコストを意味するからである。我が国の民間非営利組織の会計は、多くの場合経常費用を事業費と管理費に区分する10。管理費は企業会計上の「販売費及び一般管理費」から販売に係る費用を控除したものとしての意味合いが強い。民間非営利組織の経常費用の区分は、議論の結果構築されたものではなく企業会計の借用概念として存在しているように感じられる。その結果、事業費と管理費の区分は曖昧になり、制度に応じてその境界が変動する事態11が生じている。民間非営利組織の経常費用をcost of services provided の視点から検討すると、民間非営利組織の経常費用を経済的特性から議論し区分することが可能になるだろう12

Ⅴ むすびにかえて

 民間非営利法人の会計を考えるにあたって必要ないくつかの視点について検討してきた。民間非営利組織の会計の統一の枠組みから考えれば、到底議論を尽くしたとは言えないが、一人の実務家として考え方を明示することはできたと思っている。ここでの視点のいくつかが今後の統一化の議論の中で、参考材料として取り上げられればこれ以上の喜びはない。

【注】

1 収支予算管理を目的とする資金フロー計算を実施しないことを意味しており、基本財務諸表としてのキャッシュ・フロー計算書の作成を否定しているものではない。
2 NPO 法人会計基準は、民間団体であるNPO 法人会計基準協議会が策定主体となっており、策定コストもすべての金額を同協議会のファンド・レイジングによって調達している。
3 会計基準の設定及び改正の経緯等に「公益法人の活動状況を分かりやすく広く国民一般に対して報告するものとするため、会計基準の全面的な改正を行うこととした。」(平成16年公益会計基準「公益法人会計基準の改正等について」)。
4 指定管理者制度は、公の施設の管理運営を民間事業者に委ねることによって施設の有効活用を確保することを目的としている。指定管理者制度は行政的執行手続の補完という意味で当該分野の事業に該当するといえるだろう。
5 芸術活動への助成は、対価たる収益ではそのコストを賄うことができない部分について不足する部分を補てんすることが目的である。助成が存在しなければ、当該活動を維持することができなくなり、人類の歴史の中で作り上げられてきた表現形態を失うことを意味している。それは、広い意味で所得の再分配を意味している。
6 クラウド・ファンディング、もったいない寄付、ジャストギビング方式等多くの新しい寄付の形が生み出されている。
7 一般目的の財務報告基準の定義に関して、策定手続の適正性に関して議論をする傾向がある。わが国の民間非営利組織の会計に関して議論をする場合、一般目的と特別目的(限定目的)の区分は、主務官庁である行政機関に焦点を当てているか、一般国民に焦点を当てているかが第一義的に議論される必要が有るだろう。
8 「NPO 法人会計基準」[2010] では、使途制約のある寄付の受入れに関しては財務諸表の注記として記載することとしている。NPO 法人は中小零細な組織が多く、活動計算書を区分する方法を義務化すると消化不要となり、会計報告の質が確保できないと考えたためである。ただし、使途制約寄付金の会計報告の中における重要性が高い場合には活動計算書を区分する方法を採用することになっている。
9 経済的特性から考えれば、民間非営利組織に対する主務官庁の指導監督権限を抑制することでその社会的役割を有用に果たすことができるといえる。しかしながら、民間非営利組織が社会の中で重要な役割を果たす以上、不正義は排除されなければならない。これは二者択一的な問題として議論されるべきではない。一方において、民間非営利組織の自浄性を確保するための方策が検討されるべきであり、他方において主務官庁による指導監督の内容が検討されるべきである。これらの帰結は、制度の成熟度との関係の中でバランスされることが望ましい。
10 社会福祉法人の会計では、人件費、事務費及び事業費に区分する。また学校法人会計基準では、人件費、教育研究経費及び管理経費に区分する。人件費以外の科目は、事業費及び管理費区分の影響があるように思われる。
11 「平成16 年公益会計基準」[2004] では、事業費は「事業の目的のために直接要した支出で管理費以外のもの」と規定されていたが、「平成20 年公益会計基準」[2008] では、「事業の目的のために要する費用」となり、事業費の範囲が拡大し、その結果管理費の範囲が縮小している。
12 FASB は経常費用を事業費、ファンドレイジング費及び管理費に3 区分している。

【参考文献】

「平成16 年公益会計基準」[2004]「公益法人会計基準」(平成16 年10 月14 日公益法人等の指導監督等に関する関係省庁連絡会議申合せ。
「平成20 年公益会計基準」[2008]「公益法人会計基準」(平成20 年4 月11 日内閣府公益認定等委員会)。
「NPO 法人会計基準」[2010]『NPO 法人会計基準完全収録版』八月書館。
「NPO 会計公開草案」[1998](シーズ・アカウンタビリティ研究会「NPO 法人等の財務諸表の作成基準と様式」
入山 映訳 [1994] 『米国の「非営利セクター」入門』ダイヤモンド社(Lester, M. Salamon, America’s Nonprofit Sector)。
番場嘉一郎・新井清光編著 [1986] 『公益法人会計』中央経済社。
若林茂信 [1997] 『アメリカの非営利法人会計基準』高文堂出版社。
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